5.掴んだ袖は、しわくちゃ

「二人はロブの人間です」

「うん。そうだろうねえ」

 一瞬目をまん丸に開いてサラは教授を見詰めたが、直ぐに真顔になってしまう。すぅっと目を細めたサラの目は先程までの泣きそうな表情がまるで嘘みたいに冷たかった。

 相変わらず教授の肩は弛緩しっぱなしである。彼の少し長い袖を引くと、彼は首を傾げてこちらを見る。ちっとも目は笑っていない。

「だって君も元ロブだよねえ? 一緒にいたあの子がそうだって思うのは当然でしょう。それにあのくそじじぃにはちょっとばかり心当たりがあってね」

「ああ、あの人が可愛がっていた人というのは貴方の事ですか」

「僕としては可愛がってもらった覚えはないけれど」

「でもあの本ーー『エリック王物語』の初版本をくれたという尊敬していた人もあの人のことですよね」

 教授は嘘くさい笑い声を立てて、机に置いた本を中指でトントンと叩いた。

 さっきの沈黙とは違う。様子を伺っている事に違いはないけれど、居心地がとんでもなく悪い。少しでも動けば、呼吸をするだけでも刺されてしまうかのように空気が張り詰めている。

 この空気を変えてくれないかと、ちらりとアリスを覗き見る。なにやら難しい顔をしてサラの後頭部を見詰めていて、言葉を発する様子はなかった。

 どうせ横槍を入れるなら、さっきより今でしょう。

「それで、おっさんは何が言いたいん?」

 思わぬ方向から声が飛んでくる。

「君は、あれらとはもう関係ないって思っていいんだよね?」

「命を狙われる事はあっても、友好関係にはありません」

 二人が黙ったままお互いを探るように見詰め合う。

 皐月の表情からは何を思っているのかは判ずる事は出来ない。

「ねえっ!」

 どんと机が激しく叩かれる音に体が震えた。

「お姉ちゃんもトマも何を喧嘩してるのか全然分からないんだけど、要はトマの教え子さんを助けて欲しいって事でしょ? もっと簡単に話そうよ!」

 アリスは通路側から教授とサラーー正確に言えば彼女から一番違いのはクライブだけれど、の間に入り裁判官顔負けの気迫でその場をかっさらってしまった。

 クライブが小さく笑った。

「確かに、アリスの言う通りだな。二人ともアリスより子供みたいだ」

「あはは、これは失礼。うん、君達はリバティなんだよねえ? 必要なら正式に依頼を出しても構わないけれど、お願いできないかな」

「別にええんちゃう。な、サラ?」

 広い教室なのに、こんなに密集しあっているのが妙に可笑しく感じる。

 サラは唯小さく頷くだけだった。

「マヤ君、引き受けてくれるそうだよ。だから大丈夫」

 教授の袖を掴んだ侭だった事に漸く気付く。恥ずかしさのあまり勢いよく腕を引いて手を離すと、袖は皺くちゃになっていた。

 可笑しそうに笑う教授に視点を移すと、いつもの弛緩した教授がそこにいた。その目に冷たさは感じられない

 教授はどうしてサラにああも突っかかったのだろうか。彼らしくもない。やる気を見せず、いつだって適当に受け流している彼が、あからさまに嫌味を言うところなど、見た事はない。もしかしたら船上での争いを私以上に気に掛けていたのかも知れない。そう思うと、少し距離を感じてしまう教授が近く感じられて、ほんのり胸が温かくなった。


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LIBERTY ならず者は正義の味方 檀ゆま @matsumayu

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