第21話 エピローグ
レヴォルグとの戦いから数週間程の月日が経った。
かつての英雄が巻き起こした事件によって、多くの貴族だけでなく、女王まで殺されたことによる傷跡は大きく、国内各所に与える影響は甚大であった。
特に、女王なき今、王女として最高位の立場にあるネーヴィスや、後を継いでいないとはいえ、公爵家の令嬢たるロゼは事件に深く関わったこともあり、休む暇もない。
そんな中、実質フラウノイン王国と関係ないディアが、一言告げた。
『帰ります』
これには、ネーヴィスもロゼも仕事を放り投げて引き留めた。
ディア本人からすれば、レヴォルグの件も片が付き、これ以上長居する理由がなかったのだろうが、情勢が不安定な中、力があって信頼が出来る者を離したくはなかった。
レヴォルグという脅威は去ったが、彼はアポステルという組織の一兵でしかないことが分かったのだ。いつ何時、再び攻められるか分かったものではない。その際、レヴォルグ並の実力者が敵側に居たならば、この国は今度こそ崩壊する。
そうあってはならないと、王女と公爵令嬢が言葉巧みに残るよう告げた。
『お礼を受け取る。そういうお約束でしたでしょう?』
結果、この一言が決めてとなり、ディアは黙しながらも王城に滞在し続けることとなった。
彼の傍に控えていた銀髪のメイドは、底冷えする程の視線でもって拒絶を示していたが、ネーヴィスもロゼも知らんぷりを決め込んだ。
そうして、苦労の末に皆で迎えた祝勝会。
国の頭脳部分がほぼ壊滅している情勢故に、大々的に行うわけにはいかなかったが、今回の事件に関わった者達だけを集めた、城で取り行うには小さなパーティが開かれた。
煌びやかに飾り付けられた広間。立食形式の為、会場に設置されたテーブルには、様々な料理が色鮮やかに並べられていた。
味だけでなく、見た目も美しい料理は、手を付けるのも躊躇してしまう程なのだが、会場に集まった者のほとんどは料理に手を付けず、一か所で団子のように固まっていた。
「ディア様。こちらのお料理なんていかがでしょうか? 大変美味で、お口に合うはずです」
「わたくし、今回のパーティの為にドレスを新調したのですが、似合っているでしょうか? ぜひ、ご感想をお聞かせください」
「ディア様はフラウノインに住まうつもりはないのでしょうか? ぜひ、今回のお礼に、お屋敷などをこちらで準備させていただきたいのですが」
「……落ち着いて下さい。一斉に話されてもお答えができません。なにより、少々近いです。少し、離れて頂けますでしょうか?」
「まあ! 照れていらっしゃるのですね!」
「お可愛いですわ!」
「…………話しを聞いて頂けませんか?」
慣れない燕尾服に身を包んだディアが、令嬢達に囲まれて四苦八苦しているところであった。
女王の間で見せた戦いが嘘のような態度に、離れて彼を眺めていたロゼはついくすりと笑みを零してしまう。
事実上、今回の祝勝会の主役の為、こうした扱いを受けるのも仕方がない。なにより、彼の周囲に集まっているのは、レヴォルグ達に誘拐されていた令嬢達だ。見目も良く、フラウノイン王国を救った英雄。なにより、捕らわれの自分達を救ってくれたディアが、勇者か何かに見えているのかもしれない。当然、自分の勇者様だ。
そんなつもりなど毛頭ないディアからすれば災難極まりないだろうが、ロゼは助け船を出すことはしない。
彼女達の感情は嫌悪ではなく好意の類であり、ディアを害するものではない。功績を遺したのなら、それに伴う称賛もまた受けるべきである。
なにより、
「見ていて楽しいもの」
「趣味が悪いですよ。ロゼお嬢様。御身を救って下さった方なのですから、礼を尽くすべきです。私個人としても、彼には礼を尽くしたい」
ロゼの従者たるリタが、いつもの如くお小言を告げてくる。
ネーヴィス達を救出し、ネーマを撃退したリタは、ロゼを救ってくれたディアに敬意を持って接していた。
『ロゼお嬢様をお救い頂き、ありがとうございました』
我が事以上に大事なのだと、しっかりと頭を下げてお礼を告げる姿から伝わってきた。
ロゼとしても、自身のことをそれだけ大事にしてくれているというのを改めて実感する態度に、知らず頬が緩んでしまった程だ。
再会するまでは、もしかしたらもう二度と会えないという可能性すら考慮していたが為に、ちょっとしたお小言さえも日常を感じさせ、嬉しくなってしまう。
そのため、ついついロゼはからかうように口が動く。
「あら? もちろん、十分にお礼はするつもりよ? けれど、この状況が彼にとって悪いわけではないもの。一種の人間関係よ。こうした場では必要なことよ? ただ、ディアに不敬を働く可能性もあるものね。しっかりと見張ってないといけないわね」
「……公爵家令嬢が噂好きの小母様のような行動を取るのは止めて下さい」
「誰が小母様よ」
聞き捨てならないと半眼になるが、リタはため息を付くばかり。
「全く。その件については後で追及するとして、ディアに関しては問題ないわよ。あれだけ火種があれば、遠からず爆発するから」
「? どういう意味――」
「――薄汚い醜い屑共が。これ以上ディア様に纏わり付かないで頂けますか?」
会場内を凍り付かせるような、罵倒以外の何物でもない言葉が響く。
いくらか持ったほうだと視線を向ければ、苛立たしいと不機嫌さを隠すこともないフランが、ディアと令嬢達の間に割って入っていた。
その形相に恐れをなしたか、身を縮こませる令嬢達。
「ほら?」
「ほら、ではありません。こうなることを予見していたなら、始めから止めて下さい」
額を押さえるリタに楽し気に告げていると、どうにか令嬢達の輪から抜け出してきたディアと、苛立ちが収まらない様子のフランが近付いてきた。
ロゼはニヤニヤと頬が緩むの自覚をしながら、彼に労いの言葉を掛ける。
「お疲れ様」
「このような場は初めてですが、慣れませんね。何より、窮屈です」
そういうと、ディアは燕尾服の首元を緩める。
「似合っているわよ」
「そうですか」
本心から告げたが、ディアに興味はなさそうだ。
身綺麗にしているので、ずぼらというわけではないのだろうが、見た目への関心はなさそうだ。
そうした無自覚な相手を弄る楽しさというのもあるので、ロゼとしてはなんら構わない。それどころか、望むところだ。
そんな、日常の楽しみを増やす為にも、一度聞いておかなければならない。
緩んだ頬を引き締める。
「ディア。貴方、フラウノイン王国に住む気はない?」
「……ネーヴィス共々、ふざけた事を抜かすのがお好きなようですね? この国の屑共は」
もはや隠す気もないのか、フランが吐き捨てるように暴言を吐く。
泣かしてやろうかと思いつつも、今、話の腰を折るわけにはいかない。眉をひそめ、動き出しそうになったリタを制する。
ただ、暴言はともかく、フランの言葉に気になる点があった。
「先にネーヴィスから誘われていたの?」
「ええ。正確には、ネーヴィス個人の騎士にならないか、というお誘いですが」
「手の早いことで」
ロゼと同じように自身の従者を諫めたディアが、そんなことを話してくる。
あれだけ忙しそうにしていたのに、抜け目のない。
現在、会場で騎士達を笑顔で労っているネーヴィスを見て、呆れたように息を吐き出す。
「お姫様の騎士、ね。とても名誉なことだと思うけれど、引き受けたのかしら?」
「お断りしました」
「でしょうね」
名誉や立場などに興味がないだろうディアが受け入れるとは到底思えない。ロゼの誘いとて、断られるのは前提だ。そこから話を膨らませて、妥協点を見つけていくつもりだった。
だが、先に交渉済みとなると、少々やり辛くなる。だからといって諦めるわけにもいかない。
レヴォルグが死んだかどうかは分からない。ディアの与えた傷から考えれば致命傷だが、彼の傍には魔女ネーマが居た。もしかすると、彼女ならどうにかしてしまうかもしれない。
だが、例えレヴォルグが死んでいたとしても、彼の所属しているアポステルという組織が問題だ。
人が人を管理するシステムを否定する。つまるところ、それは国家の否定だ。
どれだけの組織かは不明だが、レヴォルグ並の実力者が複数人いるのならどの国家にとっても大問題である。最低でもネーマという規格外の魔女がいるのだ。
そうであるならば、こちらも彼らに対抗するべく、同等の力を持つ者が必要だった。
なにより、ロゼは彼の事が気にっている。
建前染みた理由を並べたが、一番の理由はそれだけだ。
気に入った者を傍に置いておきたい。
自身の身の回りの世話すら、リタのみに任せ、他の者は近寄せらないロゼだからこそ、信頼した者は近くに置いておきたいのだ。
どうにかディアの意見を変えられないか、交渉を試みようとしていると、意外なことにディアから妥協点を提示してきた。
「ただ、何かあれば呼んで頂いて構いません」
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、貴方の住居はザンクトゥヘレでしょう? 簡単に呼びにいけないわよ」
毎回命懸けでディアを頼るわけにもいかない。
事実、遠回しな断りだと思ったが、ディアはおもむろに耳飾りを触り出す。
「これを使えば、連絡が取れるとネーヴィスから伺っています」
「これって……ちょっと待って。貴方それ通信用の魔導具じゃない! それだけでも希少なのに、素材が宝石だなんて、それこそ上位の貴族しか……………………あの色ボケお姫様は」
ネーヴィスの突飛な行動に驚かされてばかりだが、今回もまたとんでもない行動に額を押さえる。
遠くの者と連絡を取り合える魔導具というだけでも希少であり、騎士団ですら団長クラスの者にしか与えられていない。
だというのに、それをフラウノイン王国の者ではないディアに、躊躇いもなく渡すなどどうかしている。
ディアの力が借りられるなら安いものであるのは確かだが、本音がそこにあるとは思えない。
十中八九、いつでもディアと連絡を取りたいとかそういう思惑があるに違いない。
「今の状況なら、彼女が女王になりかねないというのに、大丈夫なのかしら、この国は」
「そちらの事情は分かりかねますが、これで呼ぶことについては問題はないでしょう」
「色々問題はあるけれど、ええ。些末事としておきましょう」
面倒だと、考えることを放棄して、首を振るう。
「これからも宜しく。貴方の力、頼らせてもらうわよ? ディア」
「構いません。約束しましょう、必ず護ると。そして、安心して下さい。――私が護ると口にしたら、それは絶対です」
力強い断言に、ロゼは頬を緩める。
これから、フラウノイン王国は国の存亡を懸けて戦っていかなければならないだろう。それはアポステルだけではない。立て直しが急務なこの状況では、内部にすら目を配らなければならず、問題は山積みだ。
けれども、彼が護ってくれるというのであれば、どうにかなってしまうのではないだろうかと。
根拠もない考えだが、どこか確信めいた予感をロゼは感じていた。
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