第3-12話
咄嗟のことに受け身すら取れず、マリカは尻もちをついてしまう。小さな体のどこにそんな力があったのか、思いのほか突き飛ばされ、リンドウとだいぶ距離が開いてしまった。
突然のことに動揺しながら、マリカは物悲しい瞳をリンドウに向けた、ときだった。
ぱすっと。
とても軽い音が暗い静寂を突き破り、赤い花をマリカの目の前で散らした。
ぱす、ぱすっと。二度三度、繰り返される得体の知れない音が、それが原因で生み出された真っ赤な赤い花がマリカの頬に飛び散った。
ぬるり、と頬を濡らす気持ち悪い感覚が何なのかを理解するよりも前に、目の前のリンドウが人形のように崩れ倒れた。
「リンドウ……?」
名を呼ぶ。返事はなかった。
息苦しそうに浅い呼吸を繰り返す弟に、マリカは這って駆け寄った。
まさか、という最悪な予想は的中し、マリカの全身から力が抜けた。頭の中がすうっと冷え切り、手足ががくがくと震える。舌が縺れてうまく言葉が発せない。
「な、んで……」
吐息が意味のない言葉を成す。
何で、どうして。そう問わずにはいられない。
絶望が希望に変わると、数刻前のマリカは信じていた。
けれど、その逆も然り。
希望は絶望に変わる。残酷な現実が、目の前で再び繰り返されていた。
「リンドウ、リンドウッ!! 嫌だ、嫌だこんなの……!! しっかりしてリンドウ、お願い……っ」
投げ出された四肢に力はなく、浅い呼吸を繰り返す小さな胸。縮こまるように倒れ伏したリンドウを中心として、薄暗さからでも十分にわかるほどの出血が広がっていた。
錆びた鉄の臭いを思わす赤い液体――血が。マリカの記憶を嫌というほど鮮明にあの部屋に結び付ける。
繰り返された悲劇がたまらなく怖くて、マリカはがちがちと無様に鳴る奥歯を必死に噛み締めた。
恐怖ゆえに浮かべた涙がリンドウの顔に落ちる。その瞳がうっすらと開いてマリカを探し当てた。
「……お姉ちゃん、大丈夫……?」
「リンドウ! 馬鹿、あんた何で……っ!!」
「大丈夫、そうだね……。よかったぁ。お、姉ちゃんに……怪我がなくて……」
そう言って薄っすら笑んだ顔からどんどんと血の気が引いていて。
いつ瞳が落ちてしまうのか、気が気でなくマリカはリンドウの体を揺さぶった。
「……あ、あぁ……」
ぬるり、とした嫌な感触が掌いっぱいに広がる。鈍い街灯の光を受けて、てらてら光るそれは紛れもなくリンドウの血で。
「……嫌だ、いやぁぁぁあっ!!」
目の前が真っ暗になった。血が付くのも構わず、リンドウにしがみ付きマリカは泣き叫んだ。
どうしよう、どうすればいい。どうすれば――。
色彩を失っていく思考の中でマリカは必死に助けを口にしていた。
「誰か助けて、お願い、お願いします……っ! このままじゃ、リンドウが――」
「ほな、助けたろか?」
すぐ耳元で声がした。
柔和で媚びた女の――甘い声。けれど重々しい重圧を纏った声は救いより滅びを連想させるような、禍々しいものに聞こえた。
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