第3-11話

 どちらからともなく駆け出した。互いに延ばした手がお互いの手を取り合う。

 確かな熱を感じ、ようやくマリカは心から息を吐き出せた。目の前には自分と瓜二つの顔が、同じように涙ぐんでいる。

 鏡合わせの自分が――リンドウがそこにいる。やっと見つけた。マリカは今まで出したことのない泣きじゃくった弱弱しい声でもう一度リンドウの名を呼ぶと、自分より小さな体を抱きしめた。


「馬鹿……、リンドウの馬鹿ぁ……!! どれだけ心配したと思ってんのよ……!」


 言いながらさらに強く抱きしめる。温かく柔らかい感触に酷く安堵した。


「お姉ちゃん……、ごめん、ごめんなさいぃ~……!!」


 わん、と堪り切ったものが爆発したようにリンドウの目から大粒の涙が爆ぜた。真っ赤に泣き腫らした目元を隠すことなくわんわん泣き続けるリンドウはマリカの背に腕を回し、幼子のようにしがみつく。


 しばらく二人で泣き合った後。お互いが落ち着き始め、涙が引いた頃。

 リンドウがぽそりと見上げながらマリカに尋ねた。


「お姉ちゃん、その……、何で……?」


 言いにくそうに途切れた言葉にマリカは困ったように頬を掻いた。

 何で生きているのか、だろうか。それとも、どうしてこの場所が分かったの、だろうか。

 きっとどちらもだろう。けれど説明しようにも前者はどう説明したらいいのかマリカには見当もつかなかった。

 答えあぐねているマリカに、リンドウは視線を落とし、華奢な姉の肩に額を押し付けた。

 懺悔するように本当に小さく彼は言う。


「お姉ちゃん、僕ね……叔母さんを……殺しちゃったの」


「…………」


「僕が、殺しちゃったの……」


 二人しかいない静まり返った公園に懺悔の声が重ねられていく。


「あの時、お姉ちゃんが僕を庇って……それで叔母さんがお姉ちゃんを刺して……血がいっぱい溢れて、お姉ちゃん……動かなくて。僕、怖くて、何もできなくて、悔しくて、悲しくて」


 マリカは小さく震える弟の肩を抱き、黙って続きを聞いていた。


「叔母さんがお姉ちゃんを殺したって嗤ってた。……そうしたら僕、許せなくて。憎くて、憎くて憎くてしょうがなくて。“死ね”って思ったんだ。そうしたら、体が何か……急に力が湧き上がって。……何でもできるって思ったんだ。何でも、できるって」


 嗚咽が響く。

 空が黒く染まっていく。


「でも、できなかった。物は壊せても、お姉ちゃんを、あのとき生き返らせることは。……そこで叔母さんがまた僕たち家族のことを悪く言うから、――僕は」


 震える息遣いが至近距離から聞こえてくる。唇が戦慄く音すら感じられる距離で、マリカは弟の頭をくしゃりと荒っぽく撫でた。以前、父がしてくれたものと同じように意識して。


「もういいよ、リンドウ。わかったから……」


「お姉ちゃん、僕……ごめんなさい。僕……」


「ごめんね、リンドウ。一人で背負わして、ごめんね。私は大丈夫だから、ちゃんと生きてるから……」


 生きている。そう、マリカは生きている。

 傷口は完全治癒して、元通りになっている。一度死んだことが嘘のように。

 普通ならあり得ないことだ。“普通なら”ば。


(私も、……もしかしたら)


 超常の力を操る“サイキッカー”という存在。

 弟のリンドウはマリカの死をもってそれに覚醒してしまった。

 もしかしたら自分も、とマリカは心の片隅で思う。

 “死”という絶対的な無を乗り越えて、何か得体の知れない力に目覚めてしまったと、否応なしにそう思わずにはいられなかった。


 涙の溜まった目を拭き、リンドウがマリカを見つめた。ぱちりとした大きく黒い瞳は夜空のように透き通り、鈍く照らす街灯を受けて星空が入り込んでいるように見える。

 夜空の瞬きにマリカを収めたリンドウは心配げにマリカに問うた。


「お姉ちゃん、本当に大丈夫なの? 痛くない? 無理してない?」


「無理してないし、どこも痛くないよ、ほら」


 弟の心配気な顔が子猫のようにいじらしくて、マリカはふっと顔を綻ばせた。

 安心させようとリンドウの手を取ると、少し膨らんだ胸に手を導く。

 びくり、とリンドウの手が慌てたように大きく震えた。


「お、お姉ちゃん……っ!?」


「別に平気でしょ、姉弟なんだから」


「いや、そういう問題じゃ……ないってば……!」


 顔を真っ赤にしてそっぽを向くリンドウ。耳元まで赤く染まっていて可愛らしい。

 でも確かに手を通して通じる心音に安堵しているのか、無理に手を解く真似はしなかった。


 とくり、とくり。

 規則正しく鳴る心音が生きている実感をマリカに与えている。


 再びこうして姉弟が会えたことに感謝しよう。

 神様を信じるなんて柄ではないが、今この時だけは手を合わせて素直に感謝を告げられる気がした。

 心音を確かめているリンドウの手を、マリカは両手で握りしめた。


「この先のことは、……二人でしっかり考えよう。私はもうリンドウから離れないから。ずっと一緒にいるから、大丈夫だからね」


 リンドウ、とそう名を呼ぼうとしたとき。

 直前の誓いを破られるように、リンドウはマリカを突き飛ばした。

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