第3-8話
呼吸が荒く落ち着かない。
走っているのだから当然か。しかし歩みに変えてもそれは変わらなかった。
火照る頬とは裏腹に、背中には凍り付きそうなほど冷たい汗がどっと沸いてくる。
疲れで全身ががくがくと震えていた。――否、違う。それは言い訳だ。
この先に進むのが怖いのだ。マリカは小さな呼吸と合わせ、ぐっと息を呑み込む。しかし堪らず咽込み、その場で膝に手をつき立ち止まった。
どこもかしこも壊れている。壊されている。
目的地に、リンドウのいる場所に向かうに連れてそれは顕著に表れていた。嫌でも目に入る破壊の跡。それがどんどんと酷くなり、元の状態が判別できそうにもない。
マリカは芋虫を潰したような苦々しい顔つきで、奥歯を強く噛み締めた。否定するように首を左右に振る。しかしどうしても、脳裏に過ぎるのはあの部屋の光景だった。
(違う、違う違うっ! リンドウはこんなことするはずがない!!)
否定したいのに、瞼を閉じれば否応にも映し出される凄惨な光景。
例えようのない不可思議な力で押し潰された部屋は廃墟と変わり、家具は木っ端に砕かれている。鮮明な赤が彩るように壁や床に飛び散り、悍ましいアートのようだった。
そして血溜まりの中に沈んでいたのは――。
思い出してマリカはえずいた。口に手をあて呑み込もうとするが、体がそれを許さず、咳と共に胃液が吐き出される。つんとした酸味が不快に口内に広がり、堪らず涙が浮かんだ。
乱暴にそれを拭き取ると、止めた足をマリカは無理矢理に引きずる。
商店街を抜け、住宅街を抜け、やっとの思いで大通りに出たはいいが、道が砕けていて普通には進めそうにない。
遠回りした方が早そうだ。マリカは進めた足を逆方向に延ばした。その時――。
一台の黒塗りのベンツが目の前を横切った。
ここいらでは決して目にすることのない高級車。何故こんなところに、と咄嗟に思うマリカに対し、薄暗い車内から視線と嘲笑う声が聞こえた気がした。
「堪忍しぃや、お姉ちゃん。あの子は、ウチがもらうさかい……」
そんな声が風切り音と共に通り過ぎ、瞬く間に車はマリカの目の前を走り去っていた。
追うように振り向いたが、そんな車はもうどこにもいなかった。
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