第3-7話
「……何、これ……?」
そんな言葉が口から思わず零れ落ちるほど、マリカは呆気に取られて足を止めていた。
アパートから二人の制止を振り切って、商店街へと踏み込んだ時だった。異様な異臭とけたたましく鳴るサイレンの音、人の泣き声、それから形をなくすまで壊された家屋の一部がそこかしこに散乱しており、暴力的な被害の強さを目の当たりにしていた。
異臭は火の臭いか。燻り続けている黒煙が灰色の空よりなお暗い色を燻らせている。雨のおかげもあって全焼は免れてはいたが。それでも被害の深刻さは計り知れない。
ここは夕方、マリカが買い物をした商店街だった。
あの時はこんなことになっていなかったはずなのに――。
忘れていた呼吸の苦しさがどっと押し寄せ、華奢な肩が激しく上下する。取り込んだ空気はざらざらとして喉にへばりつき、マリカの青ざめた顔をさらに歪ませていた。
けれど、早く行かなければ。
突き動かされるように前に進めた足は、自分でも笑えるぐらいにがくがくと震えていた。
コンクリートが菓子のように割れ、その下の地盤が剥き出しになっている。
瓦礫や火事のせいで怪我をした人も多いのだろう。被害の少ない端に身を寄せ、蹲る男性、泣きわめく女性、親を探す子供、何かを祈り続ける老人。様々な人がこの“事態”の犠牲になっていた。
警察や、救急隊、消防士。それと逃げ惑う多くの人々が行きかう中、マリカは彼らとは逆方向に歩んでいた。
この先に行かなければならない。リンドウが待っているこの先に。
「君、何やっているんだっ!? この先の方が被害が大きいんだぞ! 早く非難するんだ!」
腕を思い切り掴まれ咄嗟に振り向くと、消防士の一人が険しさと焦燥の滲んだ声で叫ぶ。
しかしマリカはそれに対して何も言うことが出来ず、その手を振り払うと脱兎のごとく駆け出していた。
待ちなさいっ! と大声で止められる。けれどあの二人にしたようにマリカは一度も振り返らず、半ば崩壊した商店街を逃げるように抜け出した。
***
その光景を見ている者がいた。
少女に一切気付かれることなく、彼女を追跡している一台の黒塗りのベンツ。
黒々とした光沢ある高級車は、こんな商店街付近には似つかわしくない。ましてや災害級の被害のあった場所にいるなど不自然極まりない状況だった。
マリカが商店街を抜けるのに合わせ、追うように車は動き出す。
黄昏時の薄暗さを残す車内。数人の気配はあったが、その誰もが死人のように黙し微動だにしない。
異様と呼べるのはそれだけではなかった。男女や年齢が判別できないほど彼らは全身をどっぷりとした黒衣で覆い隠し、さらに顔全体を隠すように仮面をつけている。仮面だけは白塗りで、目と口に値する箇所が髑髏のようにぽっかりと空いていた。これで大鎌など持ち合わせていたら“死神”と呼ばれても何ら不思議ではない。
その死神の集団の中に、一人だけ色彩の違う者がいた。
「あれは違うなぁ。ウチの好みじゃあらへんもの」
これまた場にそぐわない陽気な、そしてどこか妖艶さの残る口調で何者かがマリカを値踏みする。
気落ちしたようにふうっと溜め息をしたその者に対し、車内の空気が数段と重さを増す。
それを知っているのだろう。自分の一挙一動がどれほど彼らに重く圧し掛かるか、どれほど恐怖を与えるか。それを知っているからこそわざとそうするのだ。
悪戯が成功した少女のようにその者がにいっと口角を上げる。隙間からは鋭く伸びた犬歯が垣間見えた。
そして肉食獣のような獰猛な瞳を数度瞬かせると――。
「じゃあ次、行ってみよっか」
わざとらしく明るく振る舞うのだった。
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