第3-6話

「……気をつけろよ、あれは化物だ」


 その一言は、矢のように鋭く、鉛のように重たかった。

 こちらを向いていないというのに、彼の強張った表情が容易く想像できる。

 マリカはタマキを見据えながら、尋ねるように手に力を籠めた。


 しかし、タマキが答えるよりも早く、怪物と言われたマンジュはかかってきた通話を終えると、最初に見せた不気味な笑みをそのまま顔に張り付けてマリカを見た。

 びくり、と震えるマリカをよそに、マンジュは機嫌良さそうな甲高い声で告げる。


「――朗報。君の弟君、β……いや、リンドウ君が見つかったってぇ~」


 その一言にマリカは呼吸を忘れて息を呑んだ。

 黒い瞳が見開かれ、瞬きなど忘れてしまう。緊張に強張った体から、すとん、と力が抜けた。

 タマキがマンジュに切羽詰まったような早口で捲し立てる。


「場所はどこだっ!?」


「そんな慌てなくても~。ここから少し離れた所だしぃ。〇×商店街を抜けて、その先の住宅街をまた抜けて~、大通りに面した寂れて公園の――」


 言葉が言い終わる前に、マリカは駆け出していた。

 自分でも驚くほど体は滑らかに動き、僅かな息切れさえも感じない。

 後ろで二人の声が聞こえた、けど無視する。

 もうリンドウのことしか考えていない。やっとあの子に合える。

 場所の目星はついていた。

 リンドウがまだ体調を崩す前のことだ。叔母に虐められるのが嫌で二人でその公園の土管の中で時間を潰していた時があった。

 きっと今もそう。リンドウはそこで途方に暮れているのだろう。

 早く、リンドウを迎えに行かなければ。


 絶望は希望に変わる。マリカはそう信じていた。

 けれど、本当にそうなのだろうか。

 そう、思いたかっただけなのではないか。

 マリカは気付いていなかった。

 二人を取り巻く因果な宿命を。

 サイキッカーという意味を。


 ただ目の前のことでいっぱいで、――気付けなかった。



***



「ありゃあ~、行っちゃったねぇα。死んだ直後なのに足が速いなぁ」


「んな流暢なこと言ってる場合かよっ!? 早く追いかけねぇと!!」


「まぁまぁ、待ちなよ。タマキ君~」


 ペースを崩さないマンジュに対して、タマキは口調荒く言葉のやり取りをする。


 実のところ、リンドウの叔母殺害からマリカの蘇生までの時間は案外短いものだった。

 時間にして一時間も経ってはいない。外の気配は雨が多少降ったぐらいで、完全に日が落ちたわけではないのだ。

 けれどもだいぶ濃い灰色の雲が分厚く広がり、暗澹な動きを見せている。この辺ではまばらに設置されている街灯がなんとも心細い明かりを灯していた。


「これのどこを待てって言ってんだアンタは!? あの姉弟は“奴ら”に狙われてるんだぞ!!」


 一息で怒声を吐き散らかすと、タマキはこれ以上の話し合いは無意味と悟ったのか、体を翻しマリカを追おうとしたが。


「――待て、と僕は言っている」


 有無を言わせない声色は確かにマンジュその人のもので、その声に滲み出た不穏な響きを察知してか、タマキは踏み出すはずだった足を止めさせられた。

 ごくり、と。喉が僅かに上下したのは緊張からだろうか、あるいは恐れからだろうか。

 この化物め。タマキは背後に迫る圧迫感に奥歯を強く噛んだ。


「……まぁ落ち着いて深呼吸しなよタマキ君。いやいや実はね、βの様子なんだけどぉ~」


 元の間延びした声から紡がれた情報に、タマキは戦慄した。

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