第2-3話

 狐色に焼かれたホットケーキがバターとシロップを吸い、これでもかというほど甘い匂いを漂わせている。

 黄金色に輝く極上のおやつに双子の姉弟は幼い瞳を星のように輝かせた。

 二人で並んで席に着く。待ちきれなくなり、ナイフとフォークを手に取るマリカを優しい声が軽く諫めた。


「もう、マリカったら。ちゃんと“いただきます”って言わないと」


 くすくすと柔らかく笑うその声は、砂糖菓子のように甘く耳に心地よい響きだ。

 見上げれば、長い黒髪の女性が目を細めてマリカを見つめている。

 白磁のような肌に桃色の頬と唇が上品に栄え、大人しそうな顔立ちではあるが、子供っぽい無邪気さも兼ね備えている。歳を聞かない限りこの女性が二児の母親だとは誰も思わないだろう。


「今言おうと思ってたんだよ、お母さん!」


 マリカは唇を尖らせながら子供らしい言い訳をする。横に座っていたリンドウが面白おかしそうに横目で見ているのが少し癪で、マリカは姿勢を正すと掌を合わせて、


「いただきます!」


 特に意識もしていないのに双子の声は同時に発せられた。


***


「マリカはお話を作るのが本当に好きなのね」


「うん、大好き。今度はお母さんもお話の中に入れてあげるからね。お母さんは綺麗だから何の役がいいかなぁ? んー……、お姫様、とか?」


「え、お姉ちゃん? それって僕の役じゃなかったの?」


 二人に向き合って座る母親と“絵本”について話しているとき。

 居間のドアが開けられ、一人の男性が入ってくる。

 午後の穏やかな時間から浮いたような容姿の長身痩躯の男性は、二児の父親でありながら青年と呼べるほどに若々しい印象を受ける。母親も若い外見だが彼に至ってはそれ以上だ。

 それは容姿が大きく関係しているのだろう。日本人ではありえない色素の薄い外見は確かアルビノと呼称されている。

 緩くウェーブがかった髪は、本人の性格を表すかのように気ままに肩先で跳ねており、その色は老人のように真っ白だ。アルビノと言われるだけあって髪だけでなく、肌も瞳も彼を構成するすべてに色という色がなかった。

 瞳の境界線も随分と曖昧で、しかし不思議と視線はぴたりと合う。


「あ、お父さんだ!」


 双子の声はまたも重なり、明るく父親である男性を迎えた。


「ただいま、ナズナ、マリカ、リンドウ」


 低くよく通る声は落ち着きある響きで家族の名を一人一人呼んだ。

 目元が細められている。これは父なりに微笑んでいるのだろう。感情表現が乏しい父だったが、それでも時折見せる柔らかい表情は幼い姉弟二人でも感じ取れることが出来た。


「おかえりなさい、あなた。今日は早く仕事が終わったのね」


 父の着ていた薄手のコートを受け取りながら母は弾んだ声で声をかける。二日ぶりの再開で嬉しいのだろう。豊かな黒髪が犬の尾のように機嫌よくさらりと揺れた。

 父の仕事は幼い二人にはよくわからない。帰る時間もまちまちでその日中に会えないことだってある。きっと難しくて大変な仕事をしているのだろう。会えないのは寂しいけれど、我儘を言って両親を困らせる方が嫌なので双子はそのことに関しては触れようとはしなかった。


「お父さんも一緒にホットケーキ食べようよー。すごい美味しいよ!」


 リンドウも嬉しいのだろう。大人しい彼にしては珍しく身を乗り出して父をおやつに誘った。自然と高くなった声は甘える子猫を連想させる。もちろんマリカだってそうだ。口に残るケーキを一息で呑み込みながら、同じように言葉に出そうとしたが。

 マリカは父親の少し下がった眉を見て言葉を止めた。

 機微な動きではあるけれど、父は申し訳なさそうな、何か言いづらそうな、そんな困った顔をしていた。

 マリカは横で父を誘うリンドウの裾を軽く引っ張る。

 無言の制止は片割れに通じたようで、リンドウは少しばかりしゅんとして姿勢を正した。


「あなた、……どうかした?」


 もちろん母もその意思を汲み取っていたようで、さっきとは裏腹に声がやや不安に曇る。

 父は数度瞬きをして、色素の薄い唇からぽつりぽつりと申し訳なさそうに事情を語った。

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