第2話 ―追憶・あの日見た花―

 そこは酷く暗い場所だった。何も見えない、何も聞こえない。前後左右はおろか、自分が今どのような立ち位置すらも掴めない。

 月のない夜以上に真っ暗闇に包まれた空間に、朧気な意識だけが存在している。

 今にも黒に塗り潰されそうな不確かな意識は、ただ何となく、ゆっくりと沈んでいく感覚だけを感じていた。

 微睡みに落ちる心地よい暖かさとは程遠く、冷えて凍り付いてしまいそうな寒さだけが意識を追い詰める。

 きっとここはとてつもなく嫌な場所で怖いはずだ。それなのに抗う術もなく、任せるまま下降するしかない。

 例えるなら足に重い枷をつけられて、一人深海に沈んでいくような孤独と絶望と、それすら凌駕しかねない圧倒的な虚無感。

 失われていく、という感覚すら薄くなり、やがて意識は黒に埋没するはずだった。


 けれども。


 境界線すら曖昧になり、あと一歩、というところで意識が消えようとしたとき、暗闇に一点の白が煌めいた。

 それはとても小さな光――しかしこの闇を照らすには十分すぎる熱量で、消えかけた意識を再び呼び戻すには十分だった。


 意識は白を求める。

 暗闇は怖くて寒くて嫌だから。

 意識は白を求める。

 仮初めの夢でもいいから、どうか最期に暖かな光を。

 意識は白を求める。

 確かな輪郭に象られた手を伸ばして光に触れた瞬間。


 圧倒的な白が闇を塗り潰した。

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