Take Off Labels ー 女子高生がバイクで疾走する理由

綾川知也

Night Riding With カオスクラブ


 ———— 甘い時間は通り過ぎた。



 —— 快感の波は脊髄を通り抜けて、どれぐらいになるだろう。



 肢体の残る火照った余韻。


 陶然としてボヤけた意識に、冷たい感覚が戻ってきた。

 裸足から上がってくる、ウッドフロアーは冷えていた。


 大きな姿見に映っているのは綾川あやかわ知子ともこ


 きぬ一つ身には付けていない。


 知子は長い睫毛を越して、自分のあられもない姿を眺めやる。


 肌理きめ細かい肌は突き抜けた絶頂の後で、淡い桃色が浮かんでいた。

 染めていない黒の長髪は乱れ、豊かな乳房へとかかっている。

 インモラルに脚は大きく開かれ、指先には湿りが残ったままだった。

 

 背筋にアローン・チェアのメッシュ。知子の背中に感覚が徐々に戻ってきた。


 女子高生だって、ひとりエッチぐらいする。馬鹿にするな。

 と知子は思った。


 姿見に映した自分は冒涜ぼうとく的で、自分の尊厳を取り戻した気さえする。


 知子は嫌だった。

 女子高生という、美少女という、優等生というくくりで観られるのが悔しかった。

 自分の挙動きょどうを、挙措きょそを、勝手なイメージ括って縛られるのが、腹立たしかった。



 今日、知子は図書室で唯一の友人である黒田くろだ星子せいこと話をしていた。

 星子は喜色を滲ませ、延々とアニメの話を続け、止めようもなさそうだった。

 知子は頬杖をつき、適当に相槌あいづちを打ちながら聞いていた。


「機甲猟兵セミラミスの続きやってくれないかな」

「黒子、その話またかよ」

「だって本当に面白いんだから。トミュリスとの対峙シーンとか最高だったよ。途中で終わっちゃったけど。早く再開しないかなあ」

「ねえよ。普通にねえよ」

「えー、知子までそんなこと言うな。あの台詞最高なんだって。『貴様の心臓を握りつぶしてやる』。背筋がゾクッときたもん。あー、再会して欲しい」


 机にうつ伏せになる黒子。素直に感情表現ができていて、知子にとっては羨ましく思えた。

 パイプ椅子の薄いスポンジを感じつつ、友人の次の言葉を待った。

 勝手がわからない話題は、どこに痛点があるのかわかったものじゃない。


 すると、教科書が開けられたテーブルに、安定感のあるアルト音が差し込まれた。


「綾川、もうちょっと女の子らしくしなよ」

 知子は声をする方を見上げる。担任である三谷みたに朱人あけひとだった。彼は続けた。

「そんな感じじゃ美少女が台無しだろ? 成績も良いというのに、もうちょっと何ならないのか?」


 洗ったばかりなのか、三谷の白衣が蛍光灯に映えて眩しい。

 知子は彼の妙な噂を聞いてはいたが、それを本気にするほど幼くはない。


 状況から察するに、担任の三谷は知子を叱責しているらしかった。

 背を丸め、頬杖をついているのを良く思ってないのだろう。よく言われる。

 彼の視線はたしなめの色を帯びている。

 三谷の注意に応じてか、遠巻きの関心が寄せられるのを感じた。

 空気の中に溶け込む関心がとても息苦しい。


「私はこういう女なんだよ!」


 反射的に蹴上げた椅子。

 転げた椅子は大袈裟な音をたて、ヒソヒソ声のする図書室に深閑とした間を作った。


 衆目を集めてしまったのを知子は感じた。

 首元に当てた手の平に細い鎖骨が確かに存在していた。だけど、その奥にある彼女の心は誰もわかっていない。


 美少女、優等生、その類いの耳障りの良い足枷レッテルが、どうしようもなく重くて苦しい。


 ヒソヒソ話が戻ってきた。




 金髪のウィッグを付け、口には紅いルージュを付ける。

 ろうの味が舌先に残った。


 知子は部屋に仕舞っていた、派手な模様を散らしたヘルメットを手に取った。

 太めのジーンズに足を通し、サイズの大きめなパーカーを引っかけて、スニーカーを履いた。

 誰も自分を女子高生とは思わないだろう。

 知子はそう思い、ささやかな反抗心を満足させる。


 鼻先をかすめるビターオレンジの香り。快適な家に、閉じ込められたルームフレグランスを振り切るようにして、知子はガレージにあるバイクに股がった。


 イグニッション・スイッチを入れるとエンジンが点火し、ガレージは暴力的な轟音に包まれた。身体を通り抜けるスリル。メーターが浮き上がって見えた。


 力強いカワサキのエンジンの鼓動は知子を安心させた。


 アクセルを開くと、シートを通じて伝わってくるエンジンの咆哮ほうこうが体軸を揺すぶる。跨がったバイクから伝わってくる振動が身体を火照らせた。


 心拍数は上がり、鼓動が確実に強くなる。体温が上昇し高揚してくるのを知子は感じた。




 走り出すとゴーグルを掠める風の音が耳を触る。

 既に日は暮れ、空は墨を落としたように黒い。街頭だけが道を照らす。

 道行く車をくぐり抜け、スロットルを回すと、生きているという感覚が戻ってきた。


 時折、通行人から浴びせられる罵声すら心地良い。



 女子高生、美少女、優等生?


 知ったことか!


 知子はアクセルを開き、脱出路へと疾走をした。


 今なら光速をもしのげるかもしれない。


<Ending Music>

 Night Riding With カオスクラブ

 https://www.youtube.com/watch?v=Hgv_TQiWd6k

</Ending Music>

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