Take Off Labels ー 女子高生がバイクで疾走する理由
綾川知也
Night Riding With カオスクラブ
———— 甘い時間は通り過ぎた。
—— 快感の波は脊髄を通り抜けて、どれぐらいになるだろう。
肢体の残る火照った余韻。
陶然としてボヤけた意識に、冷たい感覚が戻ってきた。
裸足から上がってくる、ウッドフロアーは冷えていた。
大きな姿見に映っているのは
知子は長い睫毛を越して、自分のあられもない姿を眺めやる。
染めていない黒の長髪は乱れ、豊かな乳房へとかかっている。
インモラルに脚は大きく開かれ、指先には湿りが残ったままだった。
背筋にアローン・チェアのメッシュ。知子の背中に感覚が徐々に戻ってきた。
女子高生だって、ひとりエッチぐらいする。馬鹿にするな。
と知子は思った。
姿見に映した自分は
知子は嫌だった。
女子高生という、美少女という、優等生という
自分の
*
今日、知子は図書室で唯一の友人である
星子は喜色を滲ませ、延々とアニメの話を続け、止めようもなさそうだった。
知子は頬杖をつき、適当に
「機甲猟兵セミラミスの続きやってくれないかな」
「黒子、その話またかよ」
「だって本当に面白いんだから。トミュリスとの対峙シーンとか最高だったよ。途中で終わっちゃったけど。早く再開しないかなあ」
「ねえよ。普通にねえよ」
「えー、知子までそんなこと言うな。あの台詞最高なんだって。『貴様の心臓を握りつぶしてやる』。背筋がゾクッときたもん。あー、再会して欲しい」
机にうつ伏せになる黒子。素直に感情表現ができていて、知子にとっては羨ましく思えた。
パイプ椅子の薄いスポンジを感じつつ、友人の次の言葉を待った。
勝手がわからない話題は、どこに痛点があるのかわかったものじゃない。
すると、教科書が開けられたテーブルに、安定感のあるアルト音が差し込まれた。
「綾川、もうちょっと女の子らしくしなよ」
知子は声をする方を見上げる。担任である
「そんな感じじゃ美少女が台無しだろ? 成績も良いというのに、もうちょっと何ならないのか?」
洗ったばかりなのか、三谷の白衣が蛍光灯に映えて眩しい。
知子は彼の妙な噂を聞いてはいたが、それを本気にするほど幼くはない。
状況から察するに、担任の三谷は知子を叱責しているらしかった。
背を丸め、頬杖をついているのを良く思ってないのだろう。よく言われる。
彼の視線は
三谷の注意に応じてか、遠巻きの関心が寄せられるのを感じた。
空気の中に溶け込む関心がとても息苦しい。
「私はこういう女なんだよ!」
反射的に蹴上げた椅子。
転げた椅子は大袈裟な音をたて、ヒソヒソ声のする図書室に深閑とした間を作った。
衆目を集めてしまったのを知子は感じた。
首元に当てた手の平に細い鎖骨が確かに存在していた。だけど、その奥にある彼女の心は誰もわかっていない。
美少女、優等生、その類いの耳障りの良い
ヒソヒソ話が戻ってきた。
*
金髪のウィッグを付け、口には紅いルージュを付ける。
知子は部屋に仕舞っていた、派手な模様を散らしたヘルメットを手に取った。
太めのジーンズに足を通し、サイズの大きめなパーカーを引っかけて、スニーカーを履いた。
誰も自分を女子高生とは思わないだろう。
知子はそう思い、
鼻先を
イグニッション・スイッチを入れるとエンジンが点火し、ガレージは暴力的な轟音に包まれた。身体を通り抜けるスリル。メーターが浮き上がって見えた。
力強いカワサキのエンジンの鼓動は知子を安心させた。
アクセルを開くと、シートを通じて伝わってくるエンジンの
心拍数は上がり、鼓動が確実に強くなる。体温が上昇し高揚してくるのを知子は感じた。
走り出すとゴーグルを掠める風の音が耳を触る。
既に日は暮れ、空は墨を落としたように黒い。街頭だけが道を照らす。
道行く車をくぐり抜け、スロットルを回すと、生きているという感覚が戻ってきた。
時折、通行人から浴びせられる罵声すら心地良い。
女子高生、美少女、優等生?
知ったことか!
知子はアクセルを開き、脱出路へと疾走をした。
今なら光速をも
<Ending Music>
Night Riding With カオスクラブ
https://www.youtube.com/watch?v=Hgv_TQiWd6k
</Ending Music>
Take Off Labels ー 女子高生がバイクで疾走する理由 綾川知也 @eed
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