失敗と後悔を繰り返すならば、せめて(後)
――この国に、戦争が迫っています。
その言葉を信じたくなかった。先の戦争でわたしは両親を失い、幼い弟と二人孤児となった。運よく町の教会に保護されたが、それも居させてもらっただけ。家ではない。居場所ではない。それでも暖かかった。
再び戦争に巻き込まれるとして、どうなるのか。最悪の可能性が頭に浮かび、こみあげる吐き気をなんとか抑える。もう家族を失いたくない。
そしてこの国の中心であるエスター城が無事で済むはずがなかった。狙われるのは、この地を統べるローズ様。そしてきっとローズ様は侵攻されても城を捨てない。最後まで戦い続けるだろう。先の城主がそうしたように。
城仕えは早々に退避を命じられる。そして騎士たちが命を懸けてこの国とローズ様を守るために戦うのだ。
ルイン様は自国の騎士たちを連れ、同盟国としてローズ様とともに戦うのだという。
ようやくわたしは、ルイン様が急ぐ理由を理解した。
わたしたちは近い内に離れ離れになるのだ。会いたくても会えない、お互いが生きているかすらわからない状況に陥ってしまう。そうなればわたしの腕を治すことも、魔法を学ぶこともできなくなってしまう。
こんな状況でもわたしの事を考えて下さっている。それだけでわたしは胸が締め付けられるようだった。命の保証のない戦場に赴くというのに、何の力もない小娘一人を気遣って。
ルイン様と最後にお会いして数日。エスター城は普段と変わらないように見えた。ただ意識してみると騎士の方々は表情険しく、口数も少ない。
偵察部隊を率いて城を出ているルイン様は、今日お戻りになられるはずだ。きっと疲れ果てていらっしゃるだろうから、魔法の特訓は後日になる。
そう思っていたのだが、ルイン様は帰還後すぐにローズ様への報告を済ませ、あっという間にわたしを見つけてはその瞳を希望で煌めかせた。
「シェラさん!」
「おかえりなさいませルイン様。ご無事でなによりで――」
「見つけましたよ! 貴女の腕を治す方法を!!」
心底嬉しそうな笑顔でそう言われ、わたしは目を丸くする。
腕の治療法が見つかった? ルイン様はそうおっしゃったの?
ルイン様は勢いよくわたしの横に並び、懐にしまわれた小さな皮袋を取り出した。
「今日訪ねた土地で手に入れました。これは魔力で咲く花の種です。花を食べれば呪詛に効く。シェラさん! 待っていてください。必ず咲かせて見せますので!」
「ル、ルイン様。大変有難いのですが、どうか私の事よりもご自身やローズ様のことをお考えください。私は……ルイン様が私のせいでご無理をなされているのではと」
「そんなことは決してありません。全て私がしたくてしていることですから。勿論ローズ様とこの国の事も良く考えています。けれどそれと同じくらい、私は貴女の事を考えています。ですから、決して無理などではありません」
まるで自分の事のように喜ぶルイン様を見て、胸の奥が痛む。
どうして貴方はそんなにもわたしの心を乱すのですか。ローズ様と同じくらいわたしの事を考えている、なんてどうしてそんな言葉を与えて下さるのですか。
わたしのために花を咲かせて下さるなんて。
どんな薬よりもその言葉がわたしを救うというのに、ルイン様はその事に全く気が付かない。
「ありがとう、ございます」
言葉に詰まりながら感謝の言葉を述べると、ルイン様は目を細めて笑う。
その藍色の瞳が苦手だった。美しく煌めいて、それしか見えなくなるから。けれど今はいつまでも見つめていたいと思う。
わたしはやはり、どうあがいてもルイン様に恋をしているのだ。
これから先何があろうとそれは変わらない。きっとわたしは命の危機に瀕してもルイン様の事を考えるのだろう。
お側に居たいという、到底叶わない願いに溺れながら。
「さあ、これから特訓ですよ」
「えっ。お戻りになられたばかりですよね。今日は休まれては――」
「シェラさん、時間は有限なんです。がんばりましょう!」
有限、そのとおりだ。わたしたちは離れ離れになるのだから。
わたしは戦争が何故起こるのかなんて分からない。国の事も、政治の事も。ただ自分に出来る事を精一杯やるしかなかった。今までもこれからも。我武者羅にするのだ。それがわたしなのだから。
わたしには導いてくれる光がある。救ってくれる人が居る。だから有限でも構わない。
お父さん、お母さん。わたしは諦めないよ。
亡き両親に心の中で語りかけ、わたしはルイン様の背中を追った。
魔法の内に咲く花は、 三ツ沢ひらく @orange-peco
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