第11話 愛を知った人魚と青い空
「ここは、病院?」
ソラが死んだ場所。
「ごめんなさい」
「俺の事、知っていたのか」
「最初は知らなかったんですよ。
優也さんがソラさんのマネージャーさんだった
なんて」
慌てて答える彼女。
「いつからだ?」
「あの家にあった星の首飾りを見た時です」
それはソラに俺が初めて買ったプレゼントだ。
「ソラさんはいつも付けてましたから」
少し寂しそうに言った。
「あんなの何処にでもあるだろ」
「女の子がわかってませんね。
後ろまでチェック済みです」
得意そうにビシッと指を俺に突きつける。
星のペンダントの裏側にはソラの死んだ日が入れてある。
「そうか」
俺の気落ちした態度を見たのか、彼女の指から力が抜ける。
「ごめんなさい、勝手に見て」
落ち込んだ声。
「いや、良いよ」
俺は努めて明るく言った。
「わかってて優也さんに我儘言いました」
「そうか、どうだった?」
「え?」
「君の憧れを助けられなかった男は」
「それは、優也さんは悪くないじゃないですか」
泣きそうな顔をしている。
「いや、俺のせいだ。俺がもっと早く気付いていれば」
「違います!それだけは絶対に違います」
張り裂けそうな声が病院の前で響き渡る。
「なんでそんな事言える?
お前に何がわかる」
「わかりますよ!ソラさんが好きになった人ですから」
思わず怒鳴ってしまった俺に、彼女が怒鳴り返す。
「ごめんなさい。こんな事言うつもりじゃなくて・・・」
ハッとした表情の彼女が謝る。
お互い掛ける言葉がなく沈黙が続く。
「屋上へ行きませんか?」
真剣な表情で彼女が俺を見た。
「わぁ〜。結構高いですね」
風に飛ばされないように帽子を抑える姿を、俺は後ろから見ていた。
「私、運命だと思ってます」
フェンスに手をかけ静かに話し始めた。
「運命?」
横に立ち下を見る。
「あなたに出会えたことがです」
恥ずかしそうに俺を見る。
「そんな大層なもんじゃないよ、俺は」
「私が溺れて死にそうだった時、ソラさんが
好きだった人に逢えるなんて運命じゃないですか」
「それは・・・」
「きっとソラさんが助けてくれたんですよ」
よく晴れた空を見上げる。
「君を?」
「私だけじゃありません。優也さんもです」
「俺も?」
「はい、きっとソラさんならこう言います」
俺の方を向きなおり深呼吸する。
「いつまでもメソメソしてないで自分の好きに生きなさい」
「!!!」
「じゃないと、僕は許さない」
「何でその言葉・・・」
そう、その言葉は俺がソラに言われた最後の言葉だった。
「会った事は一度しかなかったけど、メル友だったんですよ」
恥かしげに言う。
「メールが来たんです。「もし僕の大好きな人が
落ち込んでたら君から言って欲しい」ファン1号よりって」
「最初はとても悲しかったです。マスコミが優也さんの
事も酷く言ってましたから。なんで私が伝えないと
いけないのって」
「そうか」
「でも、優也さんに会って変わりました」
俺は彼女の告白を黙って聞いた。
「最初は軽い気持ちでした。わがまま言って困らせてやろう
と思ってました」
「そうか」
「でも、私の事知らないのに、
何も聞かず、わがまま聞いてくれました」
「普通の女の子と同じように見てくれました」
「俺以外でもいるだろ」
「いるかもしれません。でも私が見つけたのはあなたです」
「・・・」
「あの、聞いてもらえますか?私の歌」
唐突に彼女が言った。
「え?」
再びフェンスの方に向かい彼女は口を開けた。
「♪〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
彼女は歌っていた。
俺は彼女の歌を聴きながら泣いていた。
この曲はソラが俺に見せた最後の曲だ。
「歌えなかったけど、僕が信じる子にあげたから満足だよ」
弱々しそうに笑う彼女が作った最後の曲だ。
「優也さん。あなたとソラさんが私を助けてくれました。
声を無くした人魚が、愛を知って取り戻したんです」
彼女も泣いていた。泣きながら笑っていた。
「だから、今度は私が助けてもいいですか?」
「ああ、もう、わかった。わかったから」
俺は腕で自分の顔を隠した。
泣いたらいけないと思ったけど、止められなかった。
フワッ!
彼女が俺を抱きしめる。
「大好きです。会って少ししか経ってなくて、
こんな事言うのも変ですけど、大好きです」
「・・・・・」
俺は何も言えない。
「いっぱい幸せになるんだよ」
懐かしい、愛おしい彼女の声が聞こえた気がした。
「ありがとう」
俺はそう、彼女に返した。
どこまでも続く、青い空が広がっていた。
歌えない人魚は愛を求める 白ウサギ @Whiterabbit-cam
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