プロローグ2 名もなき少女

 メカメカしい空間に所狭しと、円柱型のポットが並んでいる。

 そのポットにはまだ十五歳に満たず、年がバラバラであろう少年、少女の姿をしたものが謎の液体に入れられている。

 彼らが息をしているかなど問うのは、愚問である。


 ―――ッ。


 列を成したポットの一つが手前の通路に開き、中に入っていた液体が今までの圧縮から解き放たれる。


 「さぁ、起きて」


 声を聞き、優しそうな女性だとポットに取り残された少女は想像する。

 少女はその女性の姿を見ようと、ゆっくりと瞼をあげる。


 「起きたのね」


 少女の想像通り、目前の女性は優しそうな風貌であった。

 そして、そんな女性のことを知りたくてたまらなくなった。


 「あ、あなたはだれ?」


 答えは返ってこない。

 幼いながらに少女は、この女性のことを聞いても意味がないと理解する。

 ならばと、別の質問をする。


 「ここは…、どこ?」


 その答えも返ってこない。

 じゃあ、自分の思いつく最後の質問を女性に投げかける。


 「わたしの名前は…?」


 聞いた瞬間、女性はうつむいた。

 その姿を見て、少女はもう質問をやめようと思い、口を開くことすらやめた。

 しかし、少女に反して女性は口を開く。


 「あなたの名前は■■■よ」


 「■■■?私の名前は■■■というの?」


 「そうよ」


 やっと答えてもらった。それだけで気持ちがいっぱいになる。

 それなのに、少女は自分の名前の響きの良さに自分の名前ながらも、惚れ惚れする。


 「ねぇ■■■、聞いて。あなたはここから逃げなければいけないの」


 「え、なんで?」


 突然の話の展開に、少女の頭の中は疑問符で溢れかえる。

 その疑問符を無理やり流すように、女性の話が始まる。


 「あなたは、このままここにいてはいけない。だからここから逃げるのよ」


 今までの女性のやさしさから言葉に少し棘が現れる。

 そんな棘から逃げるように、少女はふたつ返事する。


 「わかった…」


 「いい子ね。じゃあ、―――」


 少女は今から始まるであろう女性の説明に、質問を投げることで中断させる。


 「わたしが逃げるのは、分かるけど…。あ、あなたは大丈夫なの?」


 質問の内容に女性は驚きを隠せずにいた。

 そして、すぐ顔を微笑みに変え、答える。


 「私の心配をしてくれてるのね、ありがとう。でも大丈夫よ」


 「はぁー。ならよかった」


 少女は純粋である。女性の言葉を鵜呑みにする。


 「だから、あなたは一生懸命逃げて」


 女性はそう言って、衣服を少女に押し渡した。

 少女はその服をせかせかと着る。とても丈が長い。

 そんな丈を捲りながら、女性はここからの道を説明する。

 ちゃんと、隠れ場所なども教えてももらった。


 「じゃあ気を付けて…、ね」


 「わかった」


 少女が返事をした途端、狙ったかのように部屋が赤色に染まり、あたりが騒がしくなる。


 「検体がポットから出ただと?」


 「はい!エリアはちょうど、この辺りです」


 男たちの声がどんどん少女と女性のもとへ、どんどん近づいて来る。

 それとは逆方向に、少女の体は意図せず動く。

 見ると、女性が自分の体を突き飛ばしていた。


 「さぁ、行って!」


 女性はその言葉を発してすぐに、男声の方へ走っていく。

 少女は、そんな女性の姿に体を勝手に動かされる。


 「大丈夫だよね…」


 少女の頭は、ここから逃げるという義務と女性が心配という感情の二つで埋め尽くされていた。


 走って、隠れる。

 そんなことを繰り返すうちに、少女は外に出ることが出来た。

 そして、なるべく遠くへ行ったほうがいいのではないかと、疲れた体に鞭打ってまた走り出す。

 しかし、天気は少女の味方をしてはくれなかった。

 少女は雨に打たれ、どんどん体力を削っていった。

 

 もう気力だけで走っているうちに、膝から濡れた冷たいコンクリートの上に崩れ落ちる。

 立ち上がることなど、もうできない。

 寒い、痛いという感情は時間を追うごとに消えていく。 

 そんな感情がすべて失われると、次は少女の中身すべてが失われていく。


 あともう少しで空気にすべてが馴染んでしまいそうなとき、少女の体を打ち続けていた雨粒が少女の周りだけなくなる。


 「さぁ、起きて」


 少女は消えそうになりながら想像した。

 優しそうな男性だな、と。


 プロローグ2 END

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怪盗と12+1の神器 Yukihigo/雪籤 @GottyanY

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