祐平&清良編

正門の悪魔

正門の悪魔

 オイラの学校には、正門の悪魔と呼ばれる女子がいるッス。

 風紀委員会委員長で、三年の鴻﨑清良こうざききよら先輩。

 くせっ毛の強い長い髪をつむじのあたりでまとめたポニーテイル。

 ふっくらとした丸顔には似つかぬ狐目の細長い瞳があって、一見して不良を思わせる強面の風貌。

 そんな身なりだから、先輩は常に怒ってる印象を持たれて、恐怖から逃げ出す人も少なくないッス。

 もちろん、オイラもこの人にはお世話になりっぱなし。



「一年四組、平能ひらの祐平ゆうへい君。またアナタなのね」



 と言って、毎朝怒られてるッス。

 原因は、オイラが遅刻魔だから。

 低血圧でなかなか朝起きることの出来ないせい――ではなく、朝方まで深夜アニメに没頭してるせいッスけど。

 正直に話したら、先輩は「そんなんだから遅刻するんだ」とか怒りそうッスね。



「アハッ、アハハハ……面目ないッス」

「笑い事じゃない!!」

「ひゃ、ひゃい!」



 ――ギロリッ!



 ヒィ~!! に、睨まれたッス……。

 先輩の眼光は、あいかわらず鋭いッスねぇ。

 ちなみに鴻﨑先輩は身長177センチ。155センチのオイラからしてみれば、上から見下ろされる感じでして逆らえないッス。

 なんというかですね……。

 この横に細長い狐眼にギロッと睨まれると、ホントにヘビに睨まれたカエルになっちゃうッス。



「いつになったら、遅刻しなくなってくれるのかしら」



 でも、根はとっても優しい人ッス。

 悩ましげな顔で、オイラが遅刻しない方法をあれこれ考えてくれたり、忘れ物をしたときはどうすればいいかとか相談に乗ってくれたりするッス。



 ……なんかこう言うと、先輩が母ちゃんみたいに思えるッスね。



 とはいえ、鴻﨑先輩が怒っている時はいっつもシュンとなっちゃうッス。

 元を正せば、オイラが悪いのも自覚はしてるんスけどね。



「む、難しい問題ッスね」

「アナタの問題でしょ?」

「……そうでした」

「こうなったら、私と一緒に風紀委員の仕事をしてもらおうかしら」

「ええぇぇぇ~っ!?」

「あら? なにか問題でも?」

「……い……いえ……深夜アニメが……ごにょごにょ……」

「なに? 聞こえないんだけど」

「あ、いえ!! こ、こ、こっちの問題ッス」



 大問題ッス、死活問題ッス~!!

 どうにかして、先輩から逃れないと。



「とにかく、次は気をつけるッス」

「……はぁ」

「え? どうかしたッスか、鴻﨑先輩」

「アナタ、それ何回目?」

「え?」



 あ、あれ? 離してくれないッス……。

 ってことは、また説教コースね。

 まあいいッス。ここさえ乗り切れば、どうにか明日まで乗り切れるッス。



「だいたい気をつけられるなら、もう気をつけてる上に早めに登校できてるでしょ?」

「お、仰るとおりッス」

「平能君はそれができてないからこんなことになってるわけなのに」

「……ぅぅ」

「やっぱり、私と一緒に風紀委員の仕事を手伝ってもらう方がよさそうね」

「あ、いや!! それだけは!!」

「なにかしら? なにか不都合なことでも」

「……いえ……それは……」



 に、逃げられない。

 どうにかして逃げたいのにぃ~!!

 そう思っていた矢先のことだったッス。


《キーンコーンカーンコーン……》


 やった! 予鈴ッス! しのぎきったッス!

 こうなったら、オイラのターンッスね。

 矢庭に言葉を畳み掛けて、先輩を説得しなきゃ。



「あ~予鈴だぁ~。鴻﨑先輩、ホントに授業に出られなくなるから、もういいッスか?」

「もういいッスかじゃないわよ。ちゃんと対策を考えて」

「考えるッスよ。でも、いまは授業に出ることの方が大切じゃないッスか」

「それは、そうだけど……。私はアナタがきちんと遅刻しないようになるのか、心配だって言ってるのよ」

「わかってるッスよ。目覚まし時計は七時にセットして、なんとか起きられるようにするってことでオッケーッスよね?」

「そうしてくれるなら、こちらとしては助かるけど」

「なら、問題ないッス――じゃ、そういうことで!!」



 さっ、逃げるッス。

 鴻﨑先輩にこれ以上付き合ってる暇はないッス。

 スタコラサッサーと――。



「何時がいいの?」



 ところが、この先輩。

 最後の最後でヘンなこと言ってきたッス。

 へ? なんで?

 どういうことなの……?

 おかげで足を止めてざるえなかったじゃないスか。

 結果、おいらは瞬間冷凍されたみたいにカチンコチン。ゆっくりと振り返って、鴻崎先輩を見るしかなかったッス。



「……え?」

「だから、何時に起こしに行けばいいの? 住所さえ教えてくれれば、私が起こしに行ってあげるから」

「なんで先輩が起こしに来るんスか」

「アナタ、自分で起きるって何度も言ったわよね。でも、起きてきちんと登校してくる気配すらないじゃない?」

「そ、そ、それは明日からやるッス」

「その明日はいつなの?」

「……いや……その……明日……というのは……ですね……」

「ほら、ちゃんと答えられないじゃない」

「うぅっ……」



 グゥーの根も出ないッス。

 もしかして、この先輩本気で起こしに来るんじゃ――あ、でも女子に起こしてもらえるという意味じゃラッキーかもしれないッスけど。

 いやいや、よーく考えるッスよ! 自分!

 起こしに来るのは、鬼のような顔をした後輩思いのただの先輩ッス。そんな先輩のことを誤解しちゃ失礼すぎる。

 ここはキッチリ断らないと……。



「いや、ホントに大丈夫ッス。鴻﨑先輩のご厚意はありがたいッスけど、正直起きようと思えばホントに起きられるッス」

「だったら、どうして起きられないの?」

「んまあ、ぶっちゃけて言うとですね。深夜アニメが――」



 ……あっ、しまったッス。

 おもわず口が滑っちゃったッス。

 マズい、マズい、マズい――こんなの先輩が聞き逃すはずがないッスぅ~。



「へぇ~深夜アニメねぇ……」

「ち、違うッス。いまのは言葉の綾というか――そうッス、録画! 朝方起きて録画してみてるッス」

「それはそれで起きられない原因なんじゃないの?」

「…………」

「平能君ッ!!」

「は、はい!」



 こうして、おいらは1時間目を遅刻するハメになったッス。

 先輩に怒られただけでなく、生徒指導の先生からもみっちりお説教。ハァ~、口なんて滑らせるもんじゃないッスね。

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高身長さんと低身長くん 丸尾累児 @uha_ok

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