休日の秘密⑥

 神主さんが去った後、オレたちはしばしネコと戯れるもふもふタイムを味わった。

 しかし、全部のネコが撫でさせてくれるワケじゃない。撫でさせてくれる子もいれば、警戒して逃げてしまう子もいる。

 だから、オレは一番懐いてくれた白ネコのお腹をゴロゴロと撫でていた。



「はぁ~、幸せ」

「よかったね、安宍君」

「それにしても、鳴沢が休日をこんな風に過ごしてるなんて思ってもなかったぜ」

「私、街で遊ぶよりこっちの方が好きみたいだから」

「どういうこと?」



 鳴沢の意味深な発言に答を問いただす。



(普通、田舎から来た子は都会に憧れてるものじゃないの?)



 その疑問は、正を得ているはずた。

 なのに、鳴沢の横顔はどこか寂しそうにも見える。でも、それは一瞬で何かを考え込むような仕草を見せた。



「ん~、なんというか街の喧騒が苦手?」

「また曖昧な表現だな」

「とにかく、人混みとかがダメなんだ」

「それはオレもわかるな。メッチャ人が多いネズミの国は絶対行くと疲れるんだよね」

「だから、こっちの友達と遊ぶときなんかは、ゲーセンとかカラオケとかショッピングなんかが大半かなあ?」

「で、それ以外に関してはここに来てるって認識でいいのか?」

「うん、その認識であってるよ。やっぱりさ、ネコは癒やしだもんね」



 そう語る鳴沢の顔は、さっきと打って変わって嬉しそう。

 余程のネコ好きなんだな。ネコを顔に近づけている様は、本人には恥ずかしくて言えないが「カワイイ」と思えた。

 べ、別に照れてねえよ? 鳴沢にわからないように顔は背けてたしさ。

 不意に鳴沢がネコを地面に置いて立ち上がる。



「さて、じゃあ移動しますか」

「移動? ネコを愛でてるじゃなかったのかよ?」

「それもあるけどさ。実は、ここ以外にも目的があって神社に来たんだよ」

「ここ以外?」



 どういうこと? ネコだけが目的じゃないとするなら、これ以外になんか面白い場所でもあるんだろうか。

 オレがそんな風に考えていると、鳴沢は近くに置いてあったキャンプグッズ入りの大きなリュックを背負った。

 そして、オレの方を向き直るなり、



「まあ、一緒の来てよ。とってもいい場所だからさ」



 と言って笑っていた。



 ※



 鳴沢に連れられてやってきたのは、神社の本殿をぐるりと回って、左手の雑木林に小さく開かれた小路だった。

 道を進むと両脇が林ということもあって、ちょっとしたジャングルツアーを体験しているかのような錯覚を覚える。

 前を行く鳴沢が現地ガイド、オレは冒険家。

 道は険しく、森の中は危険が一杯。

 いつ何時獰猛な獣や巨大なアナコンダが襲ってくるかわからない。極限状態の中、我々はジャングルの奥地へと進む。

 ――と頭の中で妄想を膨らませる。



「ケーンケーンッ、ケーンケーンッ!!」

「うわぁぁぁあああ~っ!?」



 ところが、妄想にふけっていたせいで、途端に発せられたやかましい鳴き声にも気付けずビックリ。

 激しい羽音と上空を飛び去る影も相まって、つい腰を抜かして地面に尻餅をついてしまったぜ。

 そんなオレを見かねてか、鳴沢が手を差し出してきた。



「アハハッ~、大丈夫?」

「うっせ! 笑うな!!」

「ゴメン、ゴメンって。でも、今のはキジだね」

「わかるのか?」

「うん、村にいた頃はよく見かけたし」

「よく知ってるなあ」

「おばあちゃんの畑にも来てたよ? この辺にもいるんだねえ」



 と感慨深そうにあたりを見る鳴沢。

 あの甲高い声に動じないあたり、慣れた感じがする。さすがは田舎育ちと言いたいところだが、それを言ったらまた機嫌を悪くしちまう。

 オレは、黙って鳴沢の手を借りて身体を起こした。



「サンキュー」

「どういたしまして。さっ、早く行こっ!」



 と促され、オレたちは再び雑木林を歩き出した。

 しばらく進むと、うっそうとした木々がまばらになり始めた。

 それと同時に前方の視界が開けて、まばゆい明かりが挿し込まれる。そのあまりのまぶしさに思わず左腕で目元を覆ってしまった。

 しかし、次の瞬間にゆっくりと目を開けてみると、夕焼けに染まった市街地が臨める小さな展望台になっていた。

 



「……キレイだ……」



 語彙力を失うほどの美しさ。

 オレは、赤みを帯びてさん然と輝く市街地の景色に魅入られた。



「どう? スゴいでしょ?」

「うん! うん! スゲえよ、鳴沢!!」

「この景色が私のお気に入りなんだ」



 そうか。

 だから、鳴沢はここへ連れてきたのか。それがわかった途端、鳴沢がオレのことを友達だって言ってくれた意味を理解した。

 いや、そうじゃないって思ってたのはオレの独りよがりだったのかもしれない。

 それだけに、この光景を見せてくれた鳴沢には感謝しなきゃな。



「ありがとな、鳴沢」

「いいって。それに私の休日の秘密知りたかったんでしょ?」

「あ~っ!! そういえば、オレが鳴沢を尾行してたんだった」

「うん、知ってる」

「しまったぁ~!? 本人を目の前にして、今の今まで忘れて――え?」



 い、い、今なんて言った!?

 鳴沢のヤツ、最初から知ってたみたいなこと言わなかったか? オレはそのことを確かめるべく、鳴沢に今の発言を問いただした。



「……な、鳴沢……オマ……オマエ……知って……」

「いやぁ~、案外気付かれないものだね? 安宍君が本屋さんで本を選んでたところを通りがかって発見したんだよねえ」

「だいぶ前じゃねえかっ!!」

「上手くいった、上手くいった」



 とムカつく笑顔で俺を見る鳴沢。

 さすがのオレでもこれにはガマンできなくなり、「オマエぇ……」のひと言で怒りを溜めて鳴沢に向かって飛びかかった。

 ところが、鳴沢にヒョイッと逃げられてしまう。

 すかさず襲いかかるが、もはやこうなっては鬼ごっこでしかない。 



「こらぁぁっ~! 待ちやがれ、鳴沢!!」

「ヤダよ~」



 夕暮れの中、オレは鳴沢を追いかけ続けた。

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