第9話
麻里から、よくメールが来るようになった。
【佐木さん結婚するんですね、おめでたいですね】
お前に関係無いのに、お祝いしたいなら、直接佐木さんに云えばいい。
私が佐木さんに対して、ちょっと好意を持っているのを知っているからだろう。
どうしてわざわざ人が不愉快になるようなことをするのだろう。
わざとだろう。やっぱり嫌いだ。
麻里の存在とメールが引っかかっているのか、心が沈んでいる。
〇
平日の晩遅く、そろそろ閉店時刻という時だ。
麻里の旦那が、来店した。
軽く会釈をして終わろうと思ったら、話しかけてきた。
店内に他にお客はいなかったし、麻里の旦那もお客なのだから、そのまま話を聞いた。
麻里が最近、育児ノイローゼ気味らしい。
そうか、私には関係無い。
「僕は云ったんですよ。どうして由佳さんに嫌われているか、考えてみようって」
驚いた。私が麻里を嫌っていることを、麻里は解っていたのか。
「麻里が悪いんです。こんな事、由佳さんに申し上げるか迷ったんですが……。お恥ずかしい話です、僕は子どもが可愛いです。けれども子育てが出来るのは、麻里だけなんです。」
麻里の旦那は、ずっと下を向いて喋っていた。
「麻里が育児ノイローゼになってから、僕は解決策を見つけようとして、麻里の携帯を見てしまいました。由佳さんに送ったメールや、他の友達とのラインの内容など。最低です。けれども麻里が良くなる糸口が見つかればと」
麻里の旦那は、顔を上げた。
「麻里は、由佳さんに対して、とても不愉快な振る舞いをしていたんですね。あんな性格ですから、周りに良くは思われていないとは解っています。浅はかな考えで他人に嫌な思いをさせている、けれども麻里は馬鹿だから、で他人は諦めてくれる。僕はそう思って、甘えていました」
私はとりあえず、黙って聞いていた。
「麻里は、本当は、由佳さんの事が羨ましかったんです。自分が持っていないものを全て持っている由佳さんが」
驚いた。麻里がそんな事を思っていたなんて。
この間、私が麻里を少し羨ましいと思ったのと、同じじゃないか。
〇
佐木さんの結婚報告から、二週間ほど過ぎた。未だに気分が沈んでいる。
私、佐木さんが、好きだったのかな? 憧れの男性で、どこかアイドルぽい感覚で好きだったと思い込んでいたけれど、結婚するって聞いて、こんなに気持ちが沈むなんて。
自分の気持ちが解らないな。
麻里の気持ちだって、全然解らなかった。
じゃあ私の気持ちが、他人には、もっと解らないってことだ。
そんなの勿体ない。色々解った方が、良いことだってある。良くないことも。
どっちに転ぶか解らない。
私は、自分の意見を隠さずに云うようになった。
周りの反応は変わらない。むしろ物事が、スムーズに進むようになった気さえする。
正解は、無い。
自分が納得するかどうかだ。
気持ちに整理がついたので、カフェに向かった。
カウンターで紅茶を待っていたら、扉が開いた。佐木さんだ。
隣には見たことが無い女性がいる。
「由佳ちゃん、久しぶり」佐木さんは、以前と変わらない笑顔だった。
「お久しぶりです」私も、以前と変わらない笑顔だった。
佐木さんは、隣にいる女性を私に紹介した。
「由佳ちゃんは初めましてだね。俺、この人と結婚するんだ」
「おめでとうございます」反射的に、私はそう云った。
桜さんじゃない女性。
一瞬、色々な事が頭を巡ったけれど、私は笑顔をそのままにした。
心の中が少し、小躍りした。
(終)
得と愉しき 青山えむ @seenaemu
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