図書館暮らし。──ある図書館の出来事

月波結

とある図書館の話

「ねぇ、聞いた? 『図書館暮らし』だって」

「図書館で暮らすの? そんなことできるわけないじゃん?」

「そうだよね」

「そうだよ」


「……でもさ、もしできるならどうする?」

「そうだなぁ、司書さんに見つかったらきっと追い出されちゃうから、児童書コーナーの低いテーブルの下にでも潜っていようかなぁ」

「それよりは人があまり見にこない本の多い……例えばさ、『宗教』とか『社会学』の棚の辺りに隠れたらどうかな? 見つかりそうになったら窓側を通って、海外文学の棚まで逃げてもいいし」

「ああ、確かにこの街では海外文学の棚に人はいないよね」

「いないよね。時代小説のところにも少ないけどさ」


「ぼくはあの、風がそよと吹いたとき、棚に面した一面の窓ガラスを覆っているブラインドが、しゃらしゃらとたてる音がすきだな」

「道を挟んだ裏手にある公園の、桜や紅葉が見えるのもいいよね」

「勉強している学生さんが席を立つ時に、ぎぎぎっと椅子を鳴らすのもすきだし」

「いかにも図書館、て感じだね」

「新刊の棚を見に行くときは宝探しみたいな気持ちになるのも楽しい」


「ぼくは図書館がすきだな」

「ぼくも図書館がすきだよ」

「閉館後の、2階に上がる吹き抜けに吊り下げられたオレンジ色のランプ、あれ、外から見たら素敵だろうね」

「うん、きっと図書館の温もりを感じるんじゃないかなぁ」

「図書館前を通る人たちは、毎日、そんな気持ちで図書館を見ているんだねぇ」


「不思議だね」

「不思議だよ」


「来年の春には、入り口の軒下にできるツバメの巣のヒナを見に出られるかな?」

「入り口で貸出違反のブザーでも鳴らなければ大丈夫じゃないかな?」

「……今年は鳴ったんだよ」

「それは残念だったね」

「ああ、ツバメのヒナに餌をあげる母親ツバメの姿が見たいなぁ」

「それより、もう司書さんも帰ったし、一緒に吹き抜けのガラス越しに夜の街を見ようよ」

「そうだね、それがいちばんだ。だってぼくら、図書館がいちばんすきだからね」

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