第4話 刺客だった少年

「さて、・・・御辺達も畢竟とびきりの宝を一つ、二つは持っておられると思うが、どうであろうか。」


 日も陰り、最後の茶を勧めながら慶次郎が問答を試みた。即興の和歌と書の遊びの後で二人の心はほぐれていた。光悦と素庵は考えていたが、光悦が先に口を開いた。

「・・・私の宝と申すは、多分この目、口、舌、手、体全てでありましょうか・・・これなくしては家業も書もなりたちませぬ。」

 慶次郎は素庵のほうを見た。素庵は真っ赤な顔をして真剣に考えていた。小さな体に少し大きめの着物を着ているので首が懐に引っ込んでいる様に見える。趣味人ながらあまり身なりに気を配っていないのだ。彼は本当に悩んでいるようだった。だが、ついに顔を上げて、

「惺窩先生と光悦兄貴に御座りまする。」


 慶次郎はこの二人が気に入った。財と才とで、鼻持ちならぬ輩かも知れぬと考えていたのだ。茶器などが宝などと言いだしたらとことんへこますつもりだった。今、反対に慶次郎は本阿弥光悦と角倉素庵という、この時代の若い至宝を味わっていた。

 ただ、ここへ来た動機が気に喰わぬ。


「儂もいつ死ぬか分からぬ身であるが、宝と申せばやはり命を共にしてくれる家臣でありましょう。その宝が最近一つ増え申した。お目に掛けよう。」

 慶次郎は手をぽんと打った。

 りんが茶室に茶菓子と菖蒲(あやめ)一輪を盆の上に持って入ってくる姿を見て、光悦と素庵はりんが男子(をのこ)であることを忘れ、その美しさに驚嘆した。

 りんは萌葱地、朱の金糸縁取り楓文様の長小袖をゆったりと着ていた。紫の細帯をして胸に晒しを入れてほんわりふくらませていた。髪には小吉が新しく買って遣った紫の結わえを、娘の様に結んでいた。即ち髪の中央を後ろに結び左右に残りを垂らしていた。決して見せひらかすためではない。小吉の為だけに女として生きる少年の両性的な、されど天に愛された者の凛とした不思議な美しさを見た。

 慶次郎はいつもと変わらぬ仕草で良いとりんに言ってあった。ただ、来る二人はお前を見せ物と思うておるので、お前が無礼と判断したらかまわず討ち果たせとも。


 りんの動作は、武道に裏打ちされたすきのないものだった。完全な舞を感じさせた。光悦達はうっとり前姿を見ていたが、りんの帯の後ろに、茶室にいるにも関わらず、白木の鞘の小刀が指してあるのを見て慄然とした。

 りんの姿はたおやかで動作は舞を舞うが様であるが、しかし撃ち掛かれば逆に即討たれるであろう。

 慶次郎はりんをそのまま自分の横に座らせ茶を飲ませた。慶次郎は、りんの斜めからの姿を、光悦達が茶器と同じように鑑賞する演出をしたのである。りんはためらったが慶次郎の点前を受けた。主(あるじ)であり自分をうち負かした慶次郎になら、茶器と同じ扱いをされても異存はなかった。

 だが、この二人は・・・?


 二人を迎える前に、慶次郎はりんに、儂は気に入っていた天目を壊されたので茶器が一つ足りないと、言った。慶次郎の目を見たがその目は優しく笑っていた。光悦達を少し脅かしてやるのだから、しばらく我慢してくれとその目は言っていた。

 りんは茶の作法は慣れていなかったが、その茶を飲む姿は従容として美しかった。

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