第3話 遊び

 慶次郎は二人の趣味人を迎え入れると、堂々と茶を点じた。彼は茶の壺とか掛け軸などには気を配っていなかった。床の間にはただ見事な枝花が飾ってあった。あまりに質素な茶室なので関白好みの茶室を想像していた光悦達は驚いたが、ほどなく何とも言えぬくつろぎ感を感じていた。

 だが、驚いたことに、掛軸に光悦が書いた書状が貼ってあるではないか。これはなにか悪意のある悪戯であろうかと、光悦は警戒心を起こした。


 慶次郎はまず、光悦の工房から創られた蒔絵、陶芸、そして光悦自身が行った作庭の評を行った。光悦は、自分の生業以外に、趣味として世に出した数々の作品を、慶次郎が知っていることに驚いた。慶次郎は連歌の会で僧、公家、大名側近の粋人達と交友がある。光悦などの作が出たと聞くと所持者の所へ押し掛けていくこと度々であった。慶次郎は平生(へいぜい)、そのため至って多忙なのである。小吉とりんは使者として京の町町を走り回った。

 慶次郎が出かける時は、長大な大小に陣羽織と皮袴を纏い、朱槍を小吉が持つ。だが、傍目では派手な格好でただ、京を練り歩いて居ると思われていたのだ。郭に行くのはまれであった。それどころか家にいるときは書を読み、和歌を練ったり槍と鉄砲の鍛錬をしていた。武士のくせに趣味が多様なのだ。贅沢などする閑はない。

 後年、上杉景勝が徳川家康の命により米沢移封となったとき慶次郎は捨て扶持をもらい、米沢郊外堂森(どうのもり)に隠遁した。「米沢史談」にはそのときの話が書かれているが、普段は質素に暮らし、友が来たときには金を惜しまず歓待に使ったという。



 ただの槍侍だろうとたかを括っていた慶次郎から、深い洞察に裏打ちされた自分の作品への高い評価を聞いたとき、光悦は驚嘆した。慶次郎は、光悦のそれが生業としておらず趣味の範囲であるから、その作品が高い芸術性を持つことを看破した。後に光悦自らそれを書き残している。

 兼続から噂を聞いてはいたが、光悦には慶次郎の輪郭を捕らえることが出来なかった。かぶき者、鬼神、悪戯好き、ひよつと斎、法体好き、和歌の名人、茶華の達者、「伊勢物語」などの講釈の認可、阿修羅を家臣に持つ、などなど多様過ぎる。だが、ここで分かったことは、武士であるのに慶次郎の文芸への造詣の深さとその話術はただごとではないことだ。


 慶次郎はついに光悦の「書」を話に持ち出した。掛軸をちらと見た。光悦の闊達な書面を見た慶次郎は、書こそ光悦の白眉であることを見抜いていた。

 光悦には一点弱みがあった。

 和歌が詠めないのだ。だが、人の作品を鑑賞しその価値を認める能力は高かった。

 光悦は慶次郎に即興の和歌を乞うた。

 慶次郎の作った和歌は二人を唸らせた。素庵も気の利いた歌を詠んだ。

 光悦と素庵は和紙と筆を借り慶次郎の詩を書いて遊んだ。思うままに崩し、跳ね、和紙のカンパスに象形の芸を著した。

 二人の書を床の間に並べ三人で批評しあった。まさに贅沢な「知」の遊びであった。

 光悦と素庵は慶次郎に今まで味わったことのない雰囲気を感じていた。兼続のような実務家としての雰囲気ではない。この世の名利に囚われぬ風(かぜ)のようなすがすがしさを感じた。光悦よりもさらに十以上年長な慶次郎に何か不思議な親しみを感じた。


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