第2話 諧謔好き

 光悦が自宅の居間でくつろぎながら素庵に茶を勧めて言った。


「阿修羅のような人間など居るわけがない。どうせ辻のびら売りの大袈裟であろう。」

 素庵は目をぱちくりして光悦をみた。まだ若く学問と家業に忙しく、うぶで謙虚な男である。素庵は十以上年上の光悦を兄と呼んでいた。

「兄者、この世にはまだ俺達の知らぬことがたくさんある。嘘かも知れぬし、本当かも知れぬよ。」

「よし、それなら見に行こう!前田慶次殿に挨拶がてら、どんな阿修羅か見物じゃ!それを家来とする慶次殿にも興味がある。本性を知れば後で大笑いかも知れぬぞ。」

「だが、失礼ではないか・・・前田殿は俺の先輩の直江兼続殿の友とも、槍を取れば鬼のような武士と聞きますぞ。」

「ふん。ただ恵まれたお方ではないのか。太閤様の片腕、前田利家様の甥ということもあり、家を出たからといって金も出世の伝手もおありのようじゃ。いくさの無いときはただ暇で、派手派手しい格好で京を闊歩しているだけではないか。かぶき者よ。和歌が得意とは聞くが、どうせ儂等と話を合わせることも叶わぬ山出しであろう。その阿修羅の見物だけが我らの目的よ。後はおだてて帰ってくればよい。」

 素庵は赤い顔の顎を引き、心配そうに光悦を見た。


 刺客の掟を破ったりんを追いかけてきた鬼吉(おにきち)を追い払った事件の後で、そろそろ慶次郎の悪戯心が疼き始めた頃だった。

 慶次郎は、彼らが本当はりんを見に来ることを見抜いた。光悦の『近日、見廻可申候。・・・』(近日、御見舞いに参上します)の儀の書状に、慶次様並びに御家臣の面々にもご挨拶したく云々、と書かれていたからだ。慶次郎は、小吉とりんを直ぐ呉服商家に連れて行き、りんに女物の小袖を作らせた。さすがにりんの背丈に合う出来合の小袖はなかった。小吉は、りんに女様の格好をさせるのは厭だったが、慶次郎の目が楽しそうに輝いているのを見ると溜息をついて従った。


 以前にも小吉は慶次郎の諧謔に閉口していたのだ。


 慶次郎が前田家に仕えていた頃、利家とその正室おまつの滞在する京屋敷警護の為、上洛した時のことだ。松風に真っ赤な飾りを付けさせ、鴨川に連れて行き水を飲ませるよう下男に言いつけた。下男にも赤烏帽子を被らせ、赤衣(あかえ)赤袴を纏わせた。見物人が威風堂々の松風の回りに立ち、これは誰の馬かと問うた。この時代、良馬を持つことはステータスであった。この下男はそれを聞くと得意満面、扇子を開き、一曲謡った。


「赤いちょつかい皮袴、鳥のとさかに立烏帽子、前田慶次が馬よ。」

 これでたちまち京の町に慶次郎の名前が知れ渡り、これを耳にした前田利家の勘気を被ったのである。何と言っても主君の怒りを買った訳であるから、小吉は冷や汗が出た。だが、慶次郎は全く意に介していなかった。小吉はこのとき慶次郎の目が楽しそうに輝くをの見ている。また、りんと初めて立ち会った後、『刺客殿に茶を差しあげたし』との高札を出させたときもそうであった。

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