第12話
乾燥した荒れ地に土煙が舞う。敵は一万程の軍勢。嗣志の力のほどを試すために作られた、知能の低い大型獣の群れである。平穏な情勢を鑑みた貴人の「強力な兵器とは事が起きてから投入するものではない。威を示し抑止力として用いてこそ」という意向を受けての、見世物としての戦いであった。しかしながら、嗣志としても、独りで鍛錬していても限界があるため、このような機会に文句はない。
敵の先頭が一里程の距離に入るのを合図に戦籠手を起動。一度に千の光球を練り五秒おきに斉射する。光球一つ一つの威力はそう高くないものの、獣が動きを止め、または反転しようとして後続に踏み潰される混乱を招くには十分であった。
至近距離に入るころには敵の数は千を切る程であった。それらは、刃の生えた牛や猪のような獣の群れであった。
「(昔ながらの戦車戦といったところか)」
馬に
ひとかたまりになって突進してくる十体ほどの集団を、ひとまずは回避。再度襲ってくるために反転する隙を狙って光球を撃ち込む。射程の利がなくなり防御に気を配らなくてはならなくなったが、これだけ近ければ自動追尾が使える。いくつかの小集団を潰したところで、多数からなる集団が襲ってくる。その広い衝突面は避ける隙がない。嗣志は盾を展開して斬撃を防御。盾では衝撃は防ぎきれず吹っ飛ぶが、接地の瞬間身体の周囲を防壁で覆いながら受け身を取る。嗣志が立ち上がる間に敵の反転は終了していた。嗣志は光球を変形させた刃を多数地面に突き立て、広範囲に槍衾を展開。敵群を
獣の群れを凌ぎきったのち戦況は次の段階へと進む。散らばった獣の死骸が砂へと変じ、残存していた気が凝り固まって、一体の巨人となった。嗣志は光球を放って先制攻撃を仕掛けるが、巨人の鉄の甲がそれらを無効化した。巨人の槍を避けながら何度か撃ち込んでみたところ、強かろうが弱かろうが光球は効かぬようであった。巨人の斬撃が掠り、軽装の嗣志は肌を割かれて血しぶきを上げる。癒やしの術で態勢を立て直しながら思考する。この戦いは示威だ。嗣志が持っている手札でなんとかなるようになっているはずだ。
「(光球が効かぬならば、実体を伴う攻撃ではどうか)」
戦籠手の術式を操作するための集中を解き、手首を軽く振って緊張を和らげる。前後に突き横に薙ぐ槍を体を捌いて避け、日頃の鍛錬の動きを思い出していく。そして気を身体に巡らせて練り強化を施す。強い踏み込みとともに一気に巨人の懐に入って掌打を撃ち込んだ。今度は多少なりとも手応えがあった。
「(何か武器を見繕っておくべきだったか)」
射程の差が辛いが、今更嘆いても仕方がない。強化を更に重ね攻撃の機を伺う。巨人の槍が嗣志の太腿を貫く。骨は切断されたが筋一本で繋がった。沓の中まで血に溢れたが、全身を強化する気のおかげで次の瞬間には回復が終わっている。これは、宵雪の首輪の欠片を解析し、埋め込まれていた術式を転用して、新しく嗣志が作った術具の機能である。起動したときの体の状態に固定し、損傷を受けてもすぐさま巻き戻る。即時性があるかわりに、起動中は凄まじい勢いで気が減っていくため、多用はできない。術具は
巨人の槍が嗣志の頭を砕く。嗣志の整った顔がへしゃげ視界を失うが、敵の位置はわかっている。眼球と視神経の再生と同時に、巨人の伸び切った腕の内側に潜り込んで、脇の下に頂肘を見舞う。巨人の鎧にヒビが入る。巨人もただやられてはおらず、嗣志の背から胴を貫く。嗣志は怯まず、更にそのヒビに戦籠手に包まれた正拳をめり込ませ、巨人の体内に光球を爆ぜさせると、巨人は後ろに倒れながら砂となって崩れ落ちた。
腹に空いた穴を塞ぐ。腹腔内に消化管の内容物を漏らさぬよう、数日水だけで過ごしておいたのが役に立ったようだ。
血と脳漿で汚れた銀の髪の内から、灰色の瞳が地平の先を睨む。次の獲物を待ち望むように。
海棠の庭 叢雲いざや @mrkm_138
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