第1話
人の手の加わっていない空疎な場所にそれは存在していた。
四方八方を山と海に囲まれたみるからに田舎という景色が広がるその島の名前は”茜島”という。
人口約30000万人。
電車などはなく移動手段なんていうのは2時間に2本くらいの割合の市民バスと自転車と歩きだけだ。文明の利器というものが栄えるいわゆる都会というものとはかけ離れた毎日が静かに穏やかに進んでいく島。
ザーザーと押し寄せる波が私の足を濡らしてまた海に戻っていく。
茜島。
時間に置いてかれた島。
この島では一切時間が動かない。
誰もが皆自分の中で強く心残りが残っている日にちで止まっている。
駄菓子屋のおばさんは旦那の死んでしまった九月九日。
警察署のお兄さんは自分がずっと追いかけていた犯人が目の前で自殺してしまった十月二日。
どうしてその日にちで時間が止まっているのか、覚えている人間もいれば覚えていない人間もいる。
悲しいことに私は何故この島にいるのか。
どうして自分の日にちが八月三十一日とかいう夏休み最終日で止まっているのかわからない。
記憶はなくて。
覚えているのはひどく暑くジメジメとした夏のあの感覚と自分の名前と、
忘れてはいけない何かを忘れてしまったというひどい後悔の感覚だけだった。
私がここにきたのはもう一ヶ月も前のことで、初めてここにきた時にはパニック状態に陥ったものである。だって目が覚めたら見たことのない森の中で眠っていたのだからそりゃあ驚きもする。
狩人のおっちゃんに教えられたこの島の概要は正直何を言っているのかわからなかったし、いまだに半信半疑だがこう何日も日にちだけが同じ毎日を過ごせば人間というのは適応能力というものが働くようで、疑い半分であるもののその現場を受け入れ始めていた。
一ヶ月も経つ頃にはこの島のことでわかっていないのはあと一つだけだ。
この島から出る方法。
つまりこの止まった時を動かす方法である。
高原茜。
これはなんの皮肉なのかこの島と同じ名前の私の。
止まった時間を動かすだけの物語だ。
8月31日。
全国のほとんどの学校が夏休み最終日として設定している日にちだと言えるだろう。
自分自身その日が自分の中での何か転機が訪れた日だと聞いたときは、本気で私は夏休みの課題が終わらなくて首でも吊ったのかと思ったものだ。
そんなん平和なもので終わってくれていればよかったのだけれども、いや、首を吊っているので平和ではないか。
まぁ、どちらにしろ自分はその日に何かがあってこの茜島へと誘われたのだ。
茜島というのは話を聞けば聞くほど不思議な島であった。
まぁそもそもの話が、時間が人によって違う日で止まっているという時点でおかしいのだけれども。私も最初はドッキリか何かで大掛かりなそういう番組の企画に不幸にも巻き込まれてしまったのではないだろうかなんて思ってしまったものである。
まぁ、そんな優しいものではなかったのだけれど。
この島の不思議な点というのはそれだけではない。
この島は私たちがもともといた世界からは隔離されている。
「夕闇の中に閉じ込められた夕焼け島」
なんて詩的表現を誰だったかがしていたのを強く覚えている。
世界においていかれた世界。
時間に忘れられた島。
そんな風に言われている島だ。
それなのに電波はしっかりと通っていてインターネット、、パソコンやスマホなどを使うことはできる。
だが当然のようにそこでこの島について調べても何も出てこない。
ここにきてすぐ友人や家族に連絡を取ろうとしたがそれもわかっていたができない。向こうからの連絡なら来るとおばさんたちに教えてもらったがあのあと一度も誰からも連絡が来てないところを見ると自分という存在は消えても問題にならない人間だったのかもしれない。
きっと連絡できないだけだ、なんて思えるほど私の心は強くはなくて「あぁ、私ってその程度だったんだな、」と妙にストンと自分の存在のちっぽけさを感じていたのであった。
正直今でもそんなに必要とされていない自分が向こうの世界に戻る方法がわかったとして戻ったところで果たして意味はあるのだろうかなんて思わず考えてしまうのだけど。
今ではそんなことはとりあえずでもいい。
自分の目的は忘れられた記憶を思い出しここにいる理由を探してこの島から出て帰るだけなのだから。
忘れられた島 天崎 瀬奈 @amasigure
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