第6話 ノアール

 夜が深くなった頃合に、ぼわっと闇夜の色に同化するかのような輝かない黒い炎が燃え上がり、その中から骸骨の仮面で顔を隠した人間が這うように出てきた。


「っ、ふぅー、何とか逃げ切ることができたナ。あのクソ女、本当にシツコイ」


 どさりと木の幹に寄り掛かる。


「だが、これも時間の問題か。あの女のことだ。直ぐにワタシを索敵し、追跡することダロウ」


 今まで八回。

 ノアールがマリアと遭遇し、戦った回数だ。

 彼はマリアとはじめて戦った時に思ったことがある。

 自分では彼女に勝つことは難しい。いや、不可能だ、と。

 今の今まで逃げ切ることができたのも彼の魔法が逃亡に特化しているところにあったからで、彼そのものがマリアよりも優れているわけではない。

 

「クソ……、何故ワタシがこんな目に」


 その理由を彼は知らない。

 というよりは自分が何なのかも彼は理解をしてはいない。


「人食いの何が悪いノダ。人間だって、他種族を食い漁っているではないカ」


 彼がマリアに追われる理由はまさにそれなのだが、やはり彼自身に罪の意識はない。

 

「まあ良い。あの女から逃げるのに魔力を使い過ぎた、少し補充する為に人間を喰らうか」


 べろりと骸骨仮面越しに彼は舌なめずりをし、たんと闇夜の中を駆け出した。

 夜を駆る獣のように森を抜けて、人がいる場所まで下りる。

 人目には止まらぬ速度で、また蜃気楼のように質量を持たずに人中を通り抜ける彼は、そのまま走りながら補給を始める。


「ぅきゃっ」


 仕事帰りの女性の短い悲鳴が上がる。が、そのことには誰も気が付かない。

 ほんの一瞬のことだった。

 駆けるノアールが隣を横切った瞬間、まるで食虫植物のようにノアールから漏れ出た黒炎が女性の体を包み込み、呑み込んだ。


 夜ということもあり、黒炎の色は闇に溶けて、そのせいか女性が忽然と消えたみたいだ。

 だが、それだけだと女性が消えたことへの違和感が周囲に残留するだろう。

 だけど、この黒炎は人間の気配までを喰らい尽くす。だから女性が消えたことへの違和感などなく、そのまま変わらぬ日常として日々は続いていく。


「……おいしい」

 

 ノアールは呟いた。が、黒炎を纏っているせいか彼の気配そのものがなく、その声を通り過ぎる者達は認識することすらもできない。

 聞こえてはいるが雑音として切り離す。

 要はカクテルパーティー効果(騒々しい中でも聞き取りたい音だけを的確に聞き分けることのできる能力)の逆のようなもので、彼の言葉は人々の中では雑音の一種として認識されるようになる。

 それ故、深くは意識されることはないのだ。


「でもまだ足りない。全然足りないナ」


 そう言い、ノアールは翼を広げるかのように黒炎を左右に伸ばし、適当な人間を次々と捕え、呑み込んでいく。

 

「あの女を超えるためにはもっともっと力が必要ダ。もっともっとと!」


 ノアールは吠え、さらに食事を続けた。






 翌日。

 結局、精神的な疲労を持ち越したまま朝を迎えたクロナは、朝食を作っていた。


 カパっと卵を割って、ベーコンエッグを作り、スープとサラダを添えて、トーストを食卓に二人分並べる。と、そこまで終えた段階で透け透けな白いネグリジェのマリアが、眠そうに目を擦りながら食堂に入ってきた。


「……おはよう、クロナ」


「あ、おはようございーーって師匠!? なんて格好をしているんですか!」


 胸周りと腰周りのレースのおかげで秘部までは見えないものの、体のラインまでがくっきりと見えるような見ている側が思わず目を背けたくなるような透過度の高いネグリジェである。


「ただの寝巻きだけど……?」


 マリアは首を傾げる。

 クロナの反応に心底疑問を抱いているようだ。


「あの、師匠。その格好、恥ずかしくないんですか? 着替えてきてください」


「恥ずかしいとはおかしなことを言うわね。女同士でしょうに」


「師匠、いいから着替えてきてください」


 顔を背けながらクロナは言い、「仕方ないわね」とマリアは頷き、その場で脱ぎ出した。


「って、着替えるなら自分の部屋でお願いします。昨日師匠の部屋を用意したでしょう」


「ええー、面倒。見るのが恥ずかしいのなら貴女が別の方を見ていればいいでしょう」


 そのまま着替えを続行するマリアに、クロナは溜息をつき、背を向けた。


「分かりました。着替え終わったら教えてください」


「ええ」


 マリアは答えた。

 スルスルと布の擦れる音やぺたぺたと素足が床にくっつく音が聞こえてくる。

 その音にクロナは無意識の内にごくりと喉を鳴らしていた。

 マリアは同じ女であり、自身の師匠でもあり、また恐らく年齢も一回りや二回りどころか数十世紀は上の人間だろう。

 だが、その美貌はそれら全てを軽々と無視する程のものだ。

 もはや芸術の域にも達し、あるいはそれすらも超越している。


 そんな彼女の生着替えに緊張しない人間が果たしてこの世界にいるのだろうか。

 そんなことを考えているとトントンとクロナは肩を叩かれた。


「終わったわ」

 

「あ、そうですか。分かりまーー」

 

 振り向き、マリアの姿を見たクロナは絶句。

 

「どうかしら、貴女の制服を借りてみたのだけど似合う?」


 マリアはクロナの学生服を着ていた。

 きっと普通なら似合うことだろう。だが、それはあくまでもクロナのものではなければ、の話だ。

 クロナは小柄で胸もない。が、マリアはその逆でモデルのような、少し古い言い回しをするとボンッキュッボンな体型である。

 つまりサイズが圧倒的にあっておらず、服はピッチピチでシャツのボタンも第三くらいまでしか閉まっておらず胸が強調され、スカートの丈もとにかく短い。


 その姿を見たクロナは先程までの緊張が一気に消え失せて、思わず苦笑し、そして答える。


「……師匠。流石にそれは痛々しいですよ」

 

 と。

 

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落ちこぼれの女の子が史上最強の魔女に弟子入り 百合好きマン @yurisuki0

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