2-4.日常4
雨音は、二階にある自室から見える祠を眺めていた。祖母が亡くなってからの日課だ。眠る前に祠を眺めて、その日一日を報告するように胸中で語りかける。
(今日も一日平和だったよ)
雨音は窓枠に上半身を乗せる。
(黒い鬼も出なかったし。私はどの授業でも当てられなかったし)
ひらひらと自由な手を振る。きれいな桜爪を眺めながら続ける。
(あ、未広はまた熱心に滝に打たれててさ。そろそろ風邪ひくんじゃないかって思うんだよね)
雨音は窓枠に肘をついた。
(赤鬼さんは、目が覚めたら未広と戦うのかな)
雨音はついた肘に顎を乗せる。
(ご先祖様の青鬼さんは、お兄ちゃんかな。次の当主がお兄ちゃんだから)
白い指先でとんとんと頬を叩く。
(それを、私は見守るだけ)
雨音は自嘲の笑みを浮かべた。
(他の鬼は、お父さんと、おじさんかな。そしたら一人余っちゃうね)
分家は、いくつかある。そして、在りすぎてわからなくなってしまった。この町に溶け込んでしまったのだ。雨音はため息をつく。
(黒い鬼なんて、来なきゃいいのに)
私は、今のままで十分幸せなのに。これ以上の刺激なんていらない。雨音はすっと目を細めた。
「赤鬼さんも、そう思ってる?」
答えなど、あるわけがない。雨音は笑うと、窓を閉めて布団に入った。目を閉じると、睡魔は簡単に雨音の意識をさらった。
※
どこかの森の、深い深いその奥で、小さなそれは大きく伸びをした。
「ふぅ~時間がかかったわい」
言葉は年よりくさいが声自体は少女のものだ。カキコキと首やら肩やらを鳴らす。
「最後の黒鬼を喰ろうた時に負った傷が思ったより深かったの~」
そう言って、その少女はにたりと笑った。
「違ったの。
くつくつと楽しそうに笑う。そして、いずこかに視線を投げる。
「
そう言った後、腕を組む。
「う~む、よく分からん気で守られておるの~」
額に人差し指を当てて唸る。天秤に意識を向けると結界が張ってあるのが分かった。人間の仕業であろうそれは、思ったより強そう、否、思ったより面倒そうなものだった。
「鬼を柱にしておるのかえ?」
黒鬼は目を細める。にやりと笑う。
「けったいなことをする人間が居るものじゃ」
くつくつと笑いがこぼれる。楽しそうな黒鬼に対して、空気はどこまでも冷え切っている。すべてが彼女の逆鱗に触れまいとしているようだった。
「妾の天敵である赤鬼も眠っておるの」
黒鬼に匹敵する力を持つのは、黒鬼を除いた5色の鬼の中でも赤鬼だけだ。なんでも、人を恨みながら死んでいったところが同じだからだとかどこかで聞いた。
「―しかし、死ぬ前は人を愛しておったのだろう?」
「人など、愛したところで裏切るだけなのにのう」
―だったら、初めから恨んでいた方が傷つかなくて済む。そんなことを考えながら黒い鬼は肩に付かない程度に切りそろえられた髪をいじる。
生前から人を、世を恨み、そして死んでいった魂は黒い鬼へと堕ちる。黒い鬼は最後の一匹になるまで戦い続け、最後の一人が世界の天秤を壊す。否、壊そうとする。
「まったく、毎度毎度赤鬼に邪魔されておると言うことかの」
やれやれと黒鬼は首を横に振った。自分が存在しているということは、この世界が存在しているということは、世界の破壊は常に失敗してきたということだ。―世界の天秤を壊してしまえば、この世は滅びる。
「愛する意味もない、救いのないこの世など、壊してしまった方が優しさであろう?」
それが、歴代の黒鬼の悲願。己が喰らった黒鬼の悲願。天秤が壊れる様を想像して、黒鬼は身震いした。
「妾が、世界を滅ぼす黒鬼となろうぞ」
今までの、どの黒鬼にもできなかったことを、妾が成し遂げて見せよう。その顔には恍惚とした笑みがあった。
リピート~君たちの行く末に一筋の涙を~ さつき @suisai5
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。リピート~君たちの行く末に一筋の涙を~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます