第10話 オークはともだち

 それからたらふくエルフの料理を腹に詰め込まされた僕は、なんとかキリのいいところを見計らって、そろそろお暇する旨を伝える。

 

「えー、もう帰っちゃうのー!? もっと話したいんだけど!」

「まあ、また機会があったら来るから……」


 そんな機会は二度とないと断言しておくけども。

 

「えー、絶対だよ?」

「うん、機会があればね」


 念を押すように繰り返して、僕は席を立つ。

 

「ユウセイ殿。この度は本当に助かった。改めて感謝する」


 僕はギルベルが差し出した手を軽く握り返して曖昧に笑う。

 

「いや、本当に何もしてませんから……」

「いつでも歓迎する。気が向いたら是非また来てくれ」

「ええ、気が向いたら」


 また念押しをして、ギルベルの手を離し店の出口に向かう。

 

「またねー!」


 優美な見た目に似合わない大声で送ってくれるミンディに、僕は苦笑して手を挙げた。

 店を出た僕は早足で村を抜けて森に出ると、すぐに杖に呼びかけた。

 

「ヘイ、杖。僕をヌデオーク・ベルブのところに転送して」

『ヌデオーク・ベルブ の 近くに 転送します』


 ……よかった。これに反応するってことは生きてるってことだな。いや、この杖のことだから、何も言わず死体の近くに転送したりする可能性もあるけど。

 安堵感と一抹の不安を抱えたまま、光に包まれ転移する。

 

「……あいたた」


 転移先には、苦悶の声を上げながら歩くヌデオの姿があった。

 

「あ、ユウセイ」


 僕はばつの悪い思いで頭をかく。

 

「ごめん、大丈夫だった?」

「ああ、大丈夫だよ。そんな顔しないでよ。ユウセイに助けてもらわなきゃあの場で血まみれの死体になってたんだから」

「そうか。まあ、無事ならよかった」


 他にやりようがあったわけでもないし、ヌデオもこう言ってるからとりあえずよしとしよう。

 

「ユウセイはどうしてたの?」

「ああ、それなんだけどミンディに会ったよ」

「えっ、本当!? それで?」


 それで……と言われてもな。何もないように努めたわけだから何もなかったし。


「一緒に食事をした」

「そ、それってデート!?」

「そういうんじゃない」

「て、手をつないだりとかは!?」

「してな――」


 首をふろうとした瞬間、ふいにミンディの柔らかい体と甘い匂いに包まれたときの感覚がフラッシュバックした。

 ……全然深い意味はないスキンシップだけど、隠すと逆にやましいことみたいになるような気がする。一応伝えておこう。

 

「話の流れで抱きつかれたりはしたけど、変な意味はなくて……まあ感謝の気持ちみたいな――」


 適切な言葉を探して言葉を紡いでいる途中、ヌデオがやけに静かになっているのに気がついた。ふと顔を上げてみる。

 

「…………」


 ヌデオは空想にとらわれてしまったかのように放心して虚空を見つめていた。

 

「……ヌデオ?」

「――はっ、想像したらうらやましさのあまりつい魂が抜けちゃったよ」


 ヌデオはぶんぶんと首を振って我に返った。僕は誤解のないように改めて言う。


「本当に深い意味はないから」

「う、うん。それでもうらやましいよ。僕なんて話すどころか、近づくこともできないしさ……」


 ヌデオは自嘲気味に笑って小さく息をついた。


「……ヌデオ」

「結局、僕はエルフや人間と仲よくなることなんてできないんだね……」


 悲しげに言って笑うヌデオの表情が何かにダブる。

 

『はは、本当は俺のことなんて好きじゃなかったんだな……』


 そうだ。あの馬鹿な父親の顔だ。

 こっぴどい捨てられ方をしたのに未練がましい言葉を口にする。まだ愛しているのに、と嘆く。今のヌデオの表情は、そんなときの父親の表情によく似ていた。

 

「もっとオークらしくなって、オークのみんなにも受け入れてもらえるようになるしかないのかな……」


 僕はあの父親になんて同情しない。だから別にヌデオのことだってかわいそうだとは思わない。

 だって、人生なんていうのは――きっとオークでも――そんなものなんだから。どんなに努力したってどうにもならないことというのは世の中に必ず存在する。

 僕にとっては女子がそれだ。男子のことならなんでもわかるってわけじゃないけど、女子のことは輪をかけてわからない。

 ヌデオにとっての人間やエルフは、僕にとっての女子だ。決して見通せない、越えられない壁が間にある。どうにもならない断絶がある。

 努力は嘘をつかないとか、あきらめなければ夢は叶うとか、そんなのは「もしかしたらなんとかなるかもしれない」何かに立ち向かう誰かを勇気づけるためのものだ。

 危うく殺されかけたヌデオに、「あきらめずにもう一度向き合ってみろ」なんて言えるやつが、言っていいやつがどこにいるというのか。

 僕にとって女子を遠ざけることが正解であるように、きっとヌデオにとってもエルフを遠ざけることが正解なんだと思う。

 だから――僕はヌデオに、この言葉を贈ろうと思う。

 

「――友だちになろう」


 僕は淡々と、つぶやくように言った。

 ヌデオは目をまんまるに見開いて僕を見つめた。

 

「えっ? 今なんて?」

「僕にはヌデオにエルフの恋人を用意してやることは出来ないし、オークと、エルフや人間の間にある壁も壊すことはできない。僕以外のものやことは、僕の自由にはできない」


 それはきっと、一つの真理だ。


「だけど、僕のことなら自由にできる。僕がどう生きるかは、なんでもかんでもではないけど、ある程度自由に決められる。だから僕は決めた。君の友だちになる」

「僕……と、ユウセイが……?」


 ヌデオはキョトンとした顔で、ずんぐりした指を自分と僕に交互に向ける。

 

「嫌なら別にいい。無理にとは言わ――」

「――い、嫌なんかじゃないよ!」


 少し気恥ずかしくなって突き放すように言おうとした僕を、ヌデオは身を乗り出すようにして遮った。

 

「嬉しい! すごく嬉しいよ! 本当にいいの!? からかってるわけじゃなくて!?」

「こんな状況でからかえるほど神経図太くない」


 思ってた以上にヌデオがはしゃぐので、僕はますます恥ずかしくなってくる。

 

「うわぁ……夢みたいだ! 僕に人間の友だちができるなんて……!」

「そんな大げさな」

「大げさなんかじゃないよ! 絶対にありえないと思ったことが起きたんだ! 嬉しくてしょうがないんだよ!」


 そう言ってヌデオは僕の手をとる。さすがに羞恥心が臨海に達したので、そっとヌデオの手を外す。

 

「僕も友だちが多い方じゃないし、友だちらしく振る舞えるかはわからないけど」

「それでもいいよ。友だちになろう、って言ってくれただけで十分さ!」


 牙をむき出しにして豪快に笑みを称えるヌデオにつられて、僕も頬が緩んだ。

 

「……なんとかなるといいな」


 緩んだ口から、思わずそんな言葉がこぼれていた。

 

「なんか言った?」

「いや、オークの手ってやっぱ汚いなと思って」

「ひどい!?」


 ヌデオの人間みたいに感情豊かな悲鳴がおかしくって、僕は声を上げて笑った。

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スマート杖とストーカー美少女はいるけどゴブリンとオークだけが友だちさ 明野れい @akeno_ray

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