第9話 エルフとは一体……

 ギルベルに案内されたのは、大きな酒場だった。直径2メートルほどの丸テーブルがざっと30個は並んでいる。

 

「みんな! 聞いてくれ! こちらがたった今この村をオークの脅威から見事に救ってくれた、ユウセイ殿だ! 拍手!」


 ギルベルが煽ると、店内にいたエルフたちが囃し立てるように指笛を鳴らしながら拍手をした。

 

「マスター、ユウセイに一番うまいもんを食わせてやってくれ!」

「承知しましたよ、旦那!」


 ギルベルは僕を一番奥のテーブルに案内して座らせた。

 ……ああ、なんか申し訳ない。

 別にヌデオは村を襲ったりなんかしてないし、僕も村を救ってなんかいないのに。

 でも正直に話してしまったらヌデオの印象も悪くなってしまう。小細工を弄してエルフの女の子に近付こうとしたやつだ、なんて知れたら金輪際チャンスがなくなるだろう。

 

「ちょっとお待ちを。今娘をひっ捕まえてくるので」


 ギルベルは怒りを隠した笑みでそう言い残すと、酒場を出ていった。

 

 

 それから十数分後、ギルベルが1人のエルフの少女の手を引いて戻ってきた。

 

「うわ……」

 

 その少女は、思わず口を半開きにして見惚れるほどに美しかった。エルフのイメージ通り……いや、イメージを遥かに超えた美しさ。透き通るような白い肌に澄んだ湖面のように青い瞳。絹のような金髪の間から特徴的な尖った耳が見えている。

 ――いやいや、女子に対してはもっと毅然とした態度で臨まなくちゃ。つけいられたり弱みを見せたらろくなことにならない。

 

「お待たせして申し訳ない。こちらが今日、先の時間に見張りをしているはずだった、私の娘のミンディだ」


 ばつ悪そうに口にしたその名前に、なぜか聞き覚えがあった。


『名前はわかるよ。ミンディっていうんだ』


 不意に頭の中でヌデオの声が再生される。

 

「あっ……」


 思わず声を上げていた。

 ……この子がヌデオが一目惚れしたっていう相手か!

 いや、この容姿なら種族を超えて一目惚れするのも確かに理解できる。清楚で可憐で、女神という表現すら過言じゃない。お父さんに叱られたのか、少し物憂げな感じの表情も絶妙に美しさを引き立てている。

 ヌデオが花を贈りたくなるのもわかる。花の冠なんてつけた日には高貴さで目が潰れるんじゃないかと思うくらいだ。

 

「ミンディ、まずはきちんとお詫びしなさい」


 ギルベルはミンディを僕の前に突き出し、促した。

 ミンディは苦笑するように頬を緩めて、僕の顔を見つめた。

 ……やばい。女子耐性がなさすぎてこれだけで照れる。

 

「どもっす、ミンディっす」

「……うん?」


 なんか今、ギャルみたいな声しなかった?

 

「いやー、ごっめん! ちょっと友だちに声かけられちゃってね、ほーんのちょっとだけ離れちゃってたの! 助かったわー! ホントありがと!」


 ……今しゃべってるの、誰?

 まさか目の前の美の化身から、こんなノリの軽い女子高生みたいな台詞が出てくるはずもないしな。僕は声の主を探して、思わずキョロキョロと周りを見回していた。

 

「ん、どしたの? なんか気になる?」


 やっぱり誰が話してるのかわからない。わからないけど、状況証拠は一応ある。

 音の方向とか、口の動きとか。

 ただその状況証拠が示している事実が、あまりにもあり得ないことなので別の解を求める必要があるということだ。

 まあ一応、確認はするだけしてみますかね……。

 

「ええと、君がミンディ?」


 僕は目の前の女神のような少女に尋ねた。

 

「え? そだよ」


 あっけらかんとした調子の声が、やっぱり目の前の清楚の極みとでもいうべき少女の口から放たれたように見えて、僕はますます困惑を深める。


「後ろに誰かいたりする?」

「ん? いないよー?」


 軽やかに身をかわして背後に誰もいないことを示すミンディ。僕は視線を下に落として考え込む。

 ……おかしい。これじゃあまるでミンディが、ギャルとかイマドキの女子高生的な何かみたいなしゃべり方をしてることになってしまう。

 ミンディは清楚可憐な美少女にして、エルフという知性あふれる種族のはずだ。こんな甲高い声でわーわーしゃべるなんてそんなはず……。

 

「ねーね、どしたの? なんか顔色悪くない?」


 そんな声に顔を上げてみると、ぶつかりそうなほど近くに美しい顔があった。

 

「だいじょーぶ? 熱とかない?」


 言いながらミンディは僕の額に向けて手のひらを差し出してくる。

 僕はザリガニみたいな勢いで椅子ごと後ろに飛び退いた。

 ……こんな近距離で証拠を突きつけられたらさすがに認めざるを得ない。

 

「本当に今しゃべってるのが、ミンディなのか……」

「え、どーいう意味? あたしミンディだけど」

「うん、わかった。もう大丈夫。頑張って受け入れる」


 でもこれは相当な頑張りが必要だぞ……。

 

「申し訳ない。気持ちはよくわかる」


 ギルベルが額に手をやりながら、呆れるように首を振っていた。

 

「父親の俺が言うのもなんだが、黙っていれば美人なのだ。いつもいつも、初対面の相手には口を開いた途端に驚かれる」

「ああ、いえ……まあ、それも個性でしょう」


 なんか適当にいいこと風にごまかしておく。

 

「え、なんかあたしひどいこと言われてない?」

「いいからもっときちんと謝れ!」


 ギルベルは怒鳴ってミンディの頭をつかんで、無理やり下げさせた。


「いたたっ、痛い痛い! パパ痛いって!」

「誠心誠意謝るまで離さん」

「めんご――じゃなくてごめん! ごめんって! もう許して!」

「俺に謝ってどうする! ユウセイ殿に謝れ!」

「ユ、ユウセイごめん! 本当ごめん!」

「謝罪が軽い! それに呼び捨てとはなんだ!」

「ユウセイさん! ごめんなさい!」

「何について謝ってる!」

「あたしのせいで危険な目に遭わせてしまってごめんなさい!」

「心がこもってない!」


 鬼だった。鬼以外の何物でもなかった。むしろ鬼以上の恐ろしさだった。これは赤鬼も余裕で泣く。

 

「あ、あのー……もう十分伝わったのでその辺で」

「気をつかう必要はない。1度はっきりしつけないといけないとは思っていたのだ」

「あいたたたたっ! 頭くだけるー!」


 アイアンクローをまともに食らっているミンディの悲鳴が本格的に切羽詰まってくる。僕は慌てて立ち上がってギルベルの肩に手をおいた。

 

「本当にもういい……っていうかもうやめてください! 見てるだけで痛いので」

「しかし……」

「本当、感謝されたり謝られたりするようなことしてないんですって!」


 事実だ。僕が助けようとしたのはヌデオであってエルフじゃない。

 ギルベルは一瞬逡巡しながらも、小さく息を吐きだして手を離した。


「……そうか。そこまで言われてはな」


 開放されたミンディは尻餅をついてその場にへたり込むと、涙目で僕を見上げた。目頭に溜まったしずくを手の甲で拭うと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ユウセイありがとー! 助かったよー!」


 そしてそのまま――僕に抱きついてきた。


「――ちょっ、まっ!?」


 僕は悲鳴とも言葉ともつかない音を口から出しながら、蛇ににらまれたカエルのように固まってしまう。そうしてされるがまま、捕食されるように抱きすくめられる。

 

「死ぬかと思ったよー。誰がオークかわかったもんじゃないよぉー……」


 確かに僕の知り合いの某オークよりはギルベルの方が幾分オークらしいあらっぽさを持ってる気がするけども。

 

「…………」

 

 中身がアレな感じとはいえ、外見はこの世のものと思えない程の美少女だ。顔が熱くなってるのが自分でもわかる。嬉しくないといえば嘘になる。嘘になるけど――。

 

「は、離れて離れて」


 なんとか理性総動員してミンディを押し戻した。

 こんなことしてたら絶対に罰が当たる。ストーカー気味の女子を放っておいただけで死んだんだから、抱きつかれたまま放っておいたら何回死ぬかわかったもんじゃない。


「ごめん、いやだった?」

「嫌ではないけど、自制は必要だと思う」

「言い方難しくてよくわかんないってばー」


 ミンディが頬を膨らませた。こんな顔でさえ可愛いから手に負えない。


「はは、バカ娘になつかれたようだな」


 ギルベルが豪快に笑う。

 僕は今にも心臓が爆発しそうで、笑い返すような余裕はまったくなかった。

 そうこうしているうちに料理が運ばれてきて、宴会の始まりが告げられた。

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