第8話 なんかおめでたい感じに

 もうやめたいけど、やると言ったからには最後までやり通さないと気持ち悪い。このままでは子どもを笑顔にしただけで終わってしまう。

 僕は覚悟を決めて唾を飲み込んだ。

 

「ヘイ、杖」


 いちかばちか、鍬に化けている杖に呼びかける。

 

「僕が鍬を振り下ろしたらなんかすごい音を出して」


 傷つけるのが駄目なら脅かせばいい。

 本当は「爆発音」と言いたいところだったけど、誤認識で爆発そのものを起こされてはたまらない。とりあえず「音」と言っておく分には安全だろう。

 

『はい サウンド1 を 設定しました』


 おお、今回はすんなりいってくれたみたいだ。

 僕は気を取り直し、大きく鍬を振りかぶる。そして深く息を吸い込むと、雄叫びとともに鍬を全力で打ち下ろした。

 

「おおおりゃああああああっ!!」


 ――パンパカパーン!!

 

「…………」


 地面を叩いた瞬間に鳴ったのは、そんなおめでたい感じの音だった。

 僕は数秒、鍬を地面に刺したまま真顔で固まっていた。

 それから無言でもう一度、今度は軽く、地面へ向けて鍬を振り下ろす。

 

 ――パンパカパーン!!

 

 さっきと同じ、実に間抜けな音が鳴った。

 

「えっ、何……?」

「なんか登場するの?」

「耕してるわけだし……芽とか?」

「派手な芽吹きだなぁ……」

 

 エルフたちは不思議そうにささやきあっていた。

 僕は大きなため息をついてから、呆れと虚しさとやるせなさをぶつけるように鍬で地面を殴りつける。

 

 ――パンパカパーン!!

 

 殴りつける。

 

 ――パンパカパーン!!

 

 さらに殴りつける。

 

 ――パンパカパーン!!

 

「…………」


 今度は鳴り終わる前に次の一打を振り下ろしてみる。

 

 ――パンパカパ――パンパカパーン!!

 

 やけになってたたきつけまくる。

 

 ――パンパカ――パンパカ――パン――パン――パンパカパーン!!

 

 さらに高速で腕を動かしてみる。

 

 ――パン―パ――パパパパパパパパパパパパンパカパーン!!

 

「……ふふ」

 

 ちょっと楽しくなってきた。

 完全にお祭り騒ぎである。視界の端に映るエルフたちはもはやドン引きしていた。

 

「よっ!」


 ――パンパカパーン!!

 

 最後に一突きして満足した僕は、ふと本来の目的を思い出した。

 いや、でももうエルフを怖がらせるも何もないじゃん……。最大限好意的な解釈をしてもピエロだぞ、これ。

 完全に作戦失敗だ。一旦ヌデオのところに戻って作戦を練り直さないと。

 後ろを振り返り、ヌデオが隠れているであろう木立へ目をやる。木陰から顔を出していたヌデオと目が合った。

 ヌデオはそれを合図と勘違いしたのか、慌てて木陰から飛び出してきた。

 ……あれ、なんかこれまずい気がするぞ?


「ま、待て! そこの悪党め! 今すぐ武器を置いて投降しろ!」


 だから、多分誰も悪党とみなしてないってば……。

 でもこうなってしまってはしょうがない。精一杯悪党らしく振る舞って、限りなくゼロに近い可能性にすがるしかない。

 

「くくく、この僕の耕しタイムを邪魔するとはいい度胸だ。このぶっちゃけただの鍬ですブラッディ・ホーで畑の肥やしにしてやる!」


 我ながらよくわからない口上を述べ、鍬を構えてヌデオに向き直る。

 気づけば辺りはしんと静まり返っていた。あまりに静かなので少し気になり、ふと後ろを振り向いたそのときだった。

 

「――オークだっ! オークの襲撃だー!!」


 男のエルフの声で、そんな大声が上がった。

 

「え?」

「え」


 僕とヌデオは戸惑いに顔を見合わせた。

 

「武器をとれー!! 剣使い前へー!! 弓使い後方待機ー!!」

「一番槍はこの俺だああああっ!!」


 そしてそんな鬨の声とともに、若い男のエルフがヌデオに向かって突進していった。

 

「えっ、僕?」

 

 状況が飲み込めていない様子のヌデオは、自分の顔を指差して突っ立っていた。

 

「バカ! 避けろ!」


 僕が叫ぶと、ヌデオはたたらを踏むように後ろに下がる。

 その瞬間、一瞬前までヌデオの腹があった場所で長剣が閃いた。

 

「ひいいいいっ!?」


 ヌデオは悲鳴を上げてさらに2、3歩下がった。

 エルフの追撃を、必死に身を翻してかわす。

 

「……そりゃそうだ」

 

 ……まあ、エルフとか人間襲いたがってるオークもいるっていってたし。そりゃ村に現れたら問答無用で迎撃するよな。

 

「た、助けてぇ!」


 一閃、また一閃とすんでのところで剣閃をかわし続けているヌデオが叫ぶ。

 僕の背後では弓兵と思しきエルフたちが続々と集まりつつあった。

 助けたいのはやまやまだけど、こんな大勢のエルフ相手に助け出せる気がしない。僕は剣の心得どころか、体育の剣道の授業だって真面目に受けてなかったんだから。

 

「で、まあ……」


 僕は苦い顔で手元の鍬を見下ろす。

 元の世界では何も持ってなかった僕だけど、一応、今の僕には杖がある。

 

「ヘイ、杖」


 エルフを攻撃しようとしてヌデオごと消し炭にしてもまずいし、僕もエルフは殺したくない。ここは別の手段を取るべきだ。

 

「僕の身体能力、強化できたりする?」


 一瞬の間をおいて杖が答える。

 

『肉体 を 強化します』


 それと同時、杖から放たれた光が爆発的に広がり、僕を包んだ。

 

「な、なんだ!? なんの光だ!」


 時間にして約2秒後。エルフの驚きの声が耳に届いてすぐ、光は止んだ。

 僕は全身に不思議な力が満ち溢れるのを感じていた。今ならエルフの100人や200人くらい、独りで相手できるような気さえする。

 

「弓兵隊、構えーっ!!」


 さきほどの男のエルフの声で号令がかかる。もう時間がない。僕は躊躇なく地面を蹴ってヌデオへと駆けた。

 

「――うおっ!?」


 脚力が想像を遥かに超えて強化されていたらしく、跳んだつもりが飛んでしまっていた。さすがに勢いがつきすぎて危ない気がするけど仕方ない。悠長にしていてはヌデオが針のむしろならぬ矢のむしろになってしまう。

 ……まあ、衝撃でヌデオが死なないことを祈ろう。

 

「歯食いしばれよー!!」

「えっ、何? 何!?」


 戸惑うヌデオに構わず、一瞬でヌデオに肉薄した僕は引き絞った右の拳を鋭く突き出した。ヌデオの分厚い腹に向けて。

 

「ぶごふぁッ!?」


 柔らかいような硬いような手応えを拳に感じたのは一瞬で、次の瞬間にはヌデオがロケットになり、そしてお星さまになっていた。

 ……いやほら、だってかついで運ぼうとしたらエルフの追撃に遭うし、速やかにこの場から離脱してもらうにはこの方法しか……少なくとも今は思いつかなかったんだよ。

 許してくれ、ヌデオ……君の分まで僕が生きる。

 

「ふう……」


 息をついて気を抜くと、体からも力が抜けていくような感覚があった。いつも通りの体に戻ったらしい。

 体の調子を確かめるように首やら肩やら足首やらを回していると、後ろから声をかけられた。

 

「き、君……」


 さっきから何度も聞いている、兵士を指揮している男の声だった。僕は少し警戒しつつ背後を振り返った。

 エルフの男は喜色を満面にたたえていた。

 

「ありがとう! どこのどなたかは存じないが、見事な一撃だった。おかげで少しの損害も出さずにオークを撃退することができた。自警団の団長としてお礼申し上げる」


 そう言って深々と頭を下げる。僕は曖昧に笑って首を傾けた。

 

「いえ、まあ、その……そんなつもりじゃなかった、というか」

「またまたご謙遜を。俺はギルベルという。今言った通り、この村の自警団団長だ。是非、感謝の印として食事をごちそうさせてほしい」

「あー、いえ、本当に結構ですので……」

「そうはいかない。あなたは村の恩人だ。村の入口の警備を怠ったうちのバカ娘からもきちんとお礼をさせなくては」


 ……娘? 今娘って言った?


「いえいえいえ、それは本当に勘弁してください!」


 僕は少し語気を強めて拒絶した。冗談じゃない。こんなややこしい流れで女子と関わり合いになったらろくなことにならないのは目に見えてる。

 

「きちんとお礼とお詫びをさせられないと、代わりに相応の罰を娘に与えねばならんのだ。村のエルフ全員を危険に晒した分の、ね」


 やたらと厳罰であることをほのめかしてくる。

 それでも「帰る」と言うのは娘さんは厳罰に処してくださいと言うのと同義だ。わざとやってるんだろうけど、断りづらすぎる……。

 

「……わかりました。でも本当にお気持ちだけで結構ですから」

「ありがとう! とびきりのごちそうをご用意しよう!」


 ギルベルは満足げにうなずいて、ついてくるよう僕に促した。

 

「ああ、忘れてた。あなたのお名前は?」

「ユウセイ……です」

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