第7話 エルフの村をズタズタにしてやる

 僕は背もたれにもたれかかっていた体を起こして指を立てた。

 

「まず大前提として、少なくとも普通に話せる状態を確保しておかないとどうにもならない。オークだからって理由で逃げられたらスタートラインにも立てないってこと」

「そ、それはそうだね」

「僕が力を貸すのはそこだけ。それ以降は自分の力で頑張れ」

「うん、それはもちろん! 助かるよ、ありがとう!」


 ヌデオは満面の笑みを浮かべ、胸の前で手を打った。なんというかちょっと乙女チックな仕草なんだけど、もちろんやっているのはオークなのでどちらかというとホラーの領分だったりする。


「それだけっていっても十分大変だと思うんだけど、何かいい案あるの?」

「いい案ってほどのものじゃない。試して見る価値はあるってだけだ」

「へえ、どんな案?」


 僕は一度咳払いをしてからその案について語り始めた。

 

「僕の知っているお話の中に、『泣いた赤鬼』というものがある」

「……キミ、記憶喪失じゃなかったっけ?」


 ヌデオが怪訝そうに目を細めた。僕は言葉に詰まった。

 

「まあ、その……それだけは覚えてたんだよ」

「そうなんだ。何かすごく大事な思い出のあるお話なのかな」

「あー、そうそう。母親が毎晩寝る前に語って聞かせてくれたんだよ」


 適当に乗っかっておく。もちろん嘘だ。人より10倍母親がいるけど母親らしいことをしてくれた人なんて1人もいなかった。ゼロ。もっと言えばマイナス10。


「へえ、素敵なお母さんだね」

「ああ、1日に5回は聞かせてくれたよ」

「それはちょっとしつこくないかな……」

「よく考えたら嫌な思い出だったわ」


 適当なこと言うにしてももう少しくらいは考えるべきだった。何事も数が多ければいいってものでもないよな、うん。


「もうその話はいいから、物語の内容の話をしよう」

「う、うん。赤鬼……だっけ? 鬼って、僕らオークみたいな?」

「まあそんなところ。あるところに、赤鬼と青鬼がいた。赤鬼は人間と仲よくしたかったんだけど、なかなかうまくいかない。そこで青鬼が一計を案じた。自分が人間の村で暴れて、赤鬼にそれを止めさせることで人間の赤鬼に対する印象をよくしようとしたんだ」

「なるほど……でもそれじゃあ青鬼は?」

「赤鬼のもとを去ったよ」


 僕が言うと、ヌデオは我がことのようにがっくりと落ち込んだ。

 

「なんだか悲しいお話だね」

「そうか? 本当は青鬼はすごく鬼らしい鬼で、人間大好きで軟弱な赤鬼と一緒にいると暴れられないから縁を切りたがってたのかもしれないぞ。これなら赤鬼に恩を売りつつ自分は村で暴れられるし、最終的には自然に赤鬼と縁も切れる。全部狙い通りなのかも」


 ヌデオは目を丸くして僕を見つめていた。

 

「やっぱりボクよりキミの方が怖い……」

「失礼だな。まあ人付き合いが苦手なのは確かだけど」


 女子相手に限らず、誰かが話しかけてくると裏に何か本心を隠してるんじゃないかとつい疑ってしまう。完全に関わりを絶ってしまえばそんな必要もなくなって楽なんだろうけど、さすがにそこまでの思い切りのよさはなかった。

 

「とにかく、要はお前が赤鬼になるってことだ」


 僕が指差すと、ヌデオは自分の体を見下ろして首を傾げた。

 

「僕赤くないよ?」

「赤くなれとは言ってない。どうしてもこだわりたいなら……」


 言いながら緩慢な動作で杖を取り出す。

 

「うわあ結構です!」


 のけぞって大声を上げたヌデオは真っ青になっていた。青鬼にはなれるらしい。

 

「そういうわけだ。僕がエルフの村で一暴れする。ヌデオがそれを止めるんだ」

「あ、暴れるって何するの……?」

「さあ? でもさすがに殴る蹴るは抵抗あるし……まあ適当にエルフ捕まえて、罵声浴びせたり地面に転がしたりすればいいんじゃない?」

「そ、それはかわいそうだよ……」


 哀れむように眉を垂らして、慈悲に満ちた言葉を口にするヌデオ。

 

「…………」

 

 凶暴そうな牙をむき出しにしたその顔をじっと見つめてから、僕は目を伏せて大きく息を吐きだした。

 

「オークってなんだろうな」

「何その哲学的な問いかけ」


 僕の中のオーク像が定まらなすぎて頭がおかしくなりそうだ。なんならヌデオがきぐるみを着た人間だったとしても、驚かないどころか安堵感すら得られる気がする。

 

「とにかくさ、やっぱり暴力はよくないよ」

「じゃあ罵倒だけにしておく?」

「暴言も言葉の暴力だよ」


 小学校の先生かお前は。

 

「何かないかな……直接誰かを傷つけずに、危険なやつだと思われる方法」

 

 ヌデオが太い腕を組んで考え込む。僕は天上を仰ぎ見て息をついた。

 無茶を言ってくれる。でもあくまでヌデオのためにやるわけだから、ヌデオがそうしろというなら可能な限り考えてみるしかないか……。

 

 

 それから数時間後、僕とヌデオはエルフの村のすぐそばまでやってきていた。

 森の木の陰から村の様子を窺う。人間の村と外観は大して変わらない。ただ人間の村よりは人が多く、そこかしこで談笑する様子も見受けられる。

 まあ、人がいなきゃ暴れる意味もないしそれは好都合なんだけど……本当にこれでいいのかなぁ……。

 僕は右手に握る、凶器であるところの鍬を見下ろしため息をついた。最終的な案はヌデオの方から出たものだけど、まったくうまくいく気がしない。

 

「じゃあヌデオはここで待ってて。止めに入るタイミングは任せるけど、殴られたりはしたくないから早めに頼む」

「わかった」


 ヌデオが真面目な顔でうなずく。僕はさらにため息をもう1つ重ねてからエルフの村へと歩き出した。

 僕は釘バットを持ったヤンキーのごとく、鍬を引きずりつつ無駄に肩を揺らしてエルフの村へと乗り込んでいく。いち早く気づいた青年のエルフが目を丸くした。

 

「人間の方……ですよね? どうかされ――」

「――食らえやオラァッ!」


 僕はすかさず鍬を振り上げた。エルフの青年がびくっと身をすくませる。

 鍬は風切り音を鳴らしながらエルフの青年の――足元に振り下ろされた。

 

「ふはははっ!! 覚悟しろクソエルフども! 今からこのきれいな村をズタズタになるまで――耕してやる!!」


 僕はそう叫んで、手当たり次第に鍬を叩きつけ始めた。

 

「えっ……」

「え……」

「え……?」

「えっ」

(はあ……)


 あちこちからエルフの困惑の声が聞こえてくる。ちなみに最後のはその反応を聞いた僕の内申のため息。

 ヌデオとの議論の結果出た結論がこれだった。エルフを傷つけるのはヌデオ的にNG。物を壊すのもNG。じゃあ何をすればいいのかと考え、元の状態に戻すのが簡単な地面を攻撃することになった次第である。

 そして、地面に最も効果的にダメージを与えられる武器は何か――そう、鍬である。

 

「オラオラオラオラオラオラッ!!」


 杖を变化させた鍬を振り下ろし、数メートル走ってまた鍬を振り下ろす。無軌道に無差別にひたすら村を耕しまくる。もちろんあまり森から離れすぎるとヌデオが出てくるときに時間がかかるので、範囲は村の入口付近に限定している。

 必死に地面を耕す僕の耳に、エルフたちのささやきあう声が聞こえてくる。

 

「な、なんだろうあれ……止めたほうがいいのかな……」

「で、でも耕してるだけだし……」

「変に邪魔して怒らせて、家とか壊されてもね……」

「別に放っておけばいいんじゃない?」


 知ってた! 全然怖くないの知ってた!

 まあ不気味とか都市伝説的な意味では怖いかもしれないけど、危険とか脅威とかそういう意味では全然怖くないのはやる前からわかりきってたよね。

 ヌデオが言い出したことだし僕に責任はないよ、うん。

 ……よし、こうなったらやけだ。必殺技名でも叫んでやる。

 

「食らえ、”万物等しく土に還れガイア・エクスプロージョン”!!」


 ああもうこんなのただの頭おかしい農家じゃん。もう嫌だやめたい。

 

「――あはははっ」


 憂鬱な気持ちになっていると、子供の笑い声が聞こえてきた。声のした方に視線をやってみると、一軒の家の前で2人の男の子が笑顔でこっちを見ていた。

 

「やあっ、がいあえくすぷろーじょん!」

「がいあえくすぷろーじょん!!」


 2人そろって、言いながら鍬を振り下ろすような真似をする。その直後、家の中から母親らしき女の人が出てきた。

 

「こらっ、見ちゃ駄目よ!」


 そしてそう言って子どもたちを叱りつけると、家の中に引きずり戻した。ドアを閉める前に僕に向けられた視線は、哀れみと侮蔑を混ぜた苦めのブレンドだった。

 

「…………」

 

 なんだろう、さっきの子どもたちのガイアエクスプロージョンは物理攻撃じゃなくて、僕の心を抉る精神攻撃だったように思えてきた。

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