第6話 恋するオーク
「あれ、もうお腹いっぱい?」
「うん、助かった。ありがとう」
ヌデオが生活しているという粗末な小屋にやってきた僕は、干し肉やらなんやらをたらふく食べて腹を膨らませた。
料理というほどのものはなかったけど、空腹のときは何を食べてもうまい。
「やっぱり体の大きさが違うと食べる量も全然違うんだなー」
向かいに座るヌデオは、むしゅむしゃと肉を頬張りながら言う。
それを見てふと気になった僕は尋ねてみることにした。
「……ところで、今更聞くのもアレだけど今食べた干し肉、人肉とかじゃないよな?」
「あはは、まさか。そんなひどいことしないよ」
「はは、だよな」
「うん、あれはオークの肉」
「へえ、そうか。あれがオークの……えっ?」
僕は笑顔のまま全身を凍りつかせた。
オークの肉? オークってあのオーク? 今目の前にいるオークと同じオーク? それは、なんというか、その……。
「……おええっ」
僕は思わず舌を出してえずいた。かろうじて中身を吐き出すのはこらえて、顔を上げヌデオをにらむ。しかし当のヌデオはくすくす笑っていた。
「ふふ、冗談だよ。オークの肉なんてまずくて食べられないって」
一瞬の間。僕の頬が引きつる。
「……ほう、冗談?」
「うん、オークジョークってやつ?」
ははは、オークジョークか。なかなか洒落た言い回しじゃないか。
「よし死ね」
僕は0.01秒にも満たぬ間に杖を抜き、ヌデオに向けていた。
「ひぃっ!? 待って! ごめん、ごめんってば!」
「よく焼けば案外おいしいかもしれない」
「食べる気!?」
「優星の一瞬クッキング! 今日のメニューはオークの丸焼き~黒焦げ小屋のがれき添え~だ」
「いや本当にごめんなさい! 出来心で! 人と話すのが楽しくてつい調子に乗っちゃいました申し訳ありませんでした!」
ヌデオは頭を下げたり手を振ったり、大わらわで謝罪を繰り返す。
それを見て満足した僕は鼻で笑って杖を収めた。
「――冗談だって」
ヌデオは一瞬硬直してから大きなため息をついた。
「よ、よかった……」
まったく、今食べたのがオークの肉だなんて冗談にしてはたちが悪すぎる。
目には目を、たちの悪い冗談にはたちの悪い冗談を。これが人生の鉄則だ。
僕は背もたれに体をあずけると、なんとなく気になって小屋の中を見渡してみた。
正直、汚らしい感じの小屋を想像してたけど、実際にはしっかり整頓されているし掃除も行き届いている。つくづくイメージと違うオークだ。
「なんでこんなところに住んでるんだ?」
「え? うーん……いじめられるからっていうと情けないけど、まあ……要は村だと浮いちゃうんだよね。こう見えて神経質なもので」
やっぱり村にいる普通のオークは僕のイメージ通りなんだろうな。そう考えると確かにヌデオが生き生きと生活してるようなイメージはなかなかしづらい。
「さっき花を摘みに来たって言ってたけど、好きなのか?」
「あー、嫌いではないけどそれはそれで別に事情があって……」
ヌデオは苦笑いして頬をかいた。
事情なんて言い方をされたら気になるじゃないか。オークが花を集める事情? 食べ……るわけじゃないって言ってたっけ。じゃあなんだろう。 飲むため?
「その事情っていうのは?」
尋ねるとヌデオは難しい顔で口を引き結んだ。
「……言っても笑わない?」
「僕普段からほとんど笑わないし、僕を笑わせられたら相当なものだぞ」
僕が肩をすくめると、ヌデオは静かにうなずいた。
「わかった。じゃあ話すよ。実は僕……あるエルフに恋をしてるんだ」
「――ぶふっ!!」
「言ったそばから吹いた!?」
僕はヌデオの告白を聞くと同時に瞬殺されていた。
「ごめん、つい」
「まあ、僕も変だって自覚があるからこんな前置きしたわけなんだけど……花はいつか彼女に贈ろうと思って集めてたんだ」
僕は咳払いをしてから改めて考える。
恋って、普通に恋だよな。なんというか、オークにそもそもそういう感情があるとは思ってなかった。もしかしてこの世界のオークには女……というか、メスがいたりするのか?
「オークって恋愛するものなの?」
「うーん、基本的にはしないかな。オークにそもそもメスはいないから」
「やっぱりそうなんだな。僕のイメージだと、オークは他の種族のメスの体を使って繁殖するって感じなんだけど」
「ああ、それは昔の話だよ。魔王の軍勢として王国と争ってたときは確かに人間やエルフを捕虜にして子供を産ませてたりしたけど、戦いが終わってからは違うんだ」
僕は思わず驚きに目を丸くした。
「へえ、じゃあどうやって?」
「戦後処理の人道的措置の一環として、人工繁殖制度が作られたんだ」
「人工繁殖?」
「うん。王国の宮廷魔術師たちが装置を作ってくれてね、それに人間の女性の卵子とオークの精子で作った受精卵を投入すると、赤ん坊になるまで生育してくれるんだ」
「え、めっちゃハイテク……」
「王国としては、人間やエルフを襲わせるわけには行かないけど、オークやゴブリンを根絶やしにするのは倫理的に問題があるってことで手を尽くしてくれたんだよ。もちろん、エルフや人間を襲って子孫を残したいって過激なオークたちもいるけど」
まあ、確かにそういう風に管理されるのは気持ち悪いだろうとは思う。
「ヌデオはそういう意味でそのエルフに目をつけてるわけじゃないのか?」
「――ち、違うよ! 僕はそんな野蛮じゃないよ!」
――ドスンッ!
ヌデオが勢い込んで立ち上がると、巨体の重みで小屋が揺れた。そのままバタバタと柱が倒れてくるんじゃないかと思ったけど、それは免れた。
僕は音を立ててきしんだ天井を見上げてから、ゆっくりとヌデオに視線を戻した。
「まったくその通りだな」
「い、今のはつい興奮しちゃっただけだから……」
ヌデオはばつ悪そうにつぶやいてすごすごと椅子に座り直す。
「じゃあ、本当に恋をしてると」
「う、うん。僕も正直よくわかってないけど、一緒にいたいとか、話をしたいとか、そういう風に思うのは恋じゃないのかな?」
僕は顔をしかめて首を傾げた。恋だの愛だのの話を僕にされても困る。
「僕にはわからないな。色恋沙汰はパスだから」
「え、なんで?」
ヌデオは意外そうに目を見開いた。
僕は肩をすくめ、遠い目をしてうなずいた。
「女子と関わると痛い目にあう。身をもって学んだ」
「な、なんか大変だったんだね……」
「まあね。だからって別に他人にまでやめとけとか言う気はないけど」
あくまで女子が危険だというのではない。あの父さんの息子であるところの僕が、女子に関わるのは危険だということだ。
多分僕はそういう星の下に生まれてしまったんだと思う。いわゆる女難の相ってやつが出てるはずだ。だから命を落とした。
「じゃ、じゃあさ……」
ふと顔をあげると、ヌデオが硬い表情で僕を見据えていた。僕が眉を寄せながらその目を見つめ返すと、ゴクリと喉を鳴らし緊張した面持ちで切り出した。
「よかったら……本当に、もしよかったらでいいんだけど、ぼ、僕がそのエルフと仲よくなれるように協力してもらったりとか、できないかな……?」
「協力?」
聞き返しながら考える。恋愛に関して僕に協力できることなんてあるか?
知り合いを紹介するならともかく、まったく知らない土地のまったく知らない種族相手に渡りをつけるなんてできる気がしない。
「具体的に何をどう?」
「う、それはわからないけど……少なくとも僕よりは人間の君のほうがエルフには話しかけやすいでしょ?」
「まあそれはそうだけど」
とはいえ、どういう経緯であれやっぱり女子には近づきたくない。
かといって、こうして食事もごちそうになって、結果的に村の人たちの手から逃れる助けになってくれたヌデオには、何かしらの形で報いたいと思うのもまた事実。
「まず、今はどういう関係なんだ? 話したことくらいはある?」
ヌデオは難しい顔で首を振った。
「ええと、いわゆる一目惚れというやつで……森の中で別のエルフといるところをたまたま見かけたんだ。会話は聞こえてたから名前はわかるよ。ミンディっていうんだ」
「じゃあ向こうがオークに対してどういう印象を持ってるのかもわからないわけだ」
「そ、そういうことになるね」
無謀としか言いようがないな、これ。
まあそれでも協力するだけしてみよう。はてさて、何かいい案はないものか……。
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