第41話 俺自身、負い目があった
去年、俺は1年生のクラスを担当していた。いま、2年生になる学年だ。
突然、不登校になった女子生徒の佐藤は、どちらかといえば積極性のある生徒だった。学級代表に立候補したり、部活動にも熱心に参加する陽性の性格の持ち主に見えた。
だが。突然、学校に来なくなった。
5月の連休明けにはすでに学校には登校しておらず、俺は保護者と電話で何度かやり取りをしていた。当初、保護者は娘が登校を渋る様子に困惑していたが、その月の中盤には、豹変した。
『校長先生、学年主任を交え、行橋先生の考えを確認させて欲しい』
いきなり佐藤の母親は電話口で告げ、『今から行くから用意しておいてください』と夫を連れて学校にやって来た。いや、乗り込んできたというほうが正しいかもしれない。
戸惑う俺と校長、学年主任を前に、保護者はICレコーダーを机の上に置き、『すべて録音させて頂く』と前置きした上で、俺に対して尋ねた。
『娘は、クラスどころか部活動内でも無視、仲間はずれ等のいじめにあっている。学級代表もしており、担任と密に接する機会もあったのに、何故そのことに気付かないのか』
と、問いただし始めた。
当初、『何かの間違いだ』と俺は訴えた。
いじめも何も、本当に唐突に佐藤は学校に来なくなったのだ。こちらが考えられることといえば、携帯の無料アプリでのいじめか、学校外でのトラブルしか思いつかない。
俺の言い分を聞き、学年主任もやんわりとそのあたりを口にしたのだが、保護者は、頑なに考えを改めない。
『何故、いじめに気付けなかったのか。一体、
と指を差して俺を断罪し、かつ、執拗に『あなたの教育方針を聞きたい』と言い出した。
俺が中学校としての教育理念や方針を伝えると、『それは学校としての教育理念でしょう』と鼻で笑われた。
『あなたの、ですよ。理想も無く教壇に立っているのですか』
そう言われ、文書化して提出することを求められた。
学年主任も間に入ってなんとかしてくれようとはしたが、保護者の怒りは凄まじく、父親の仕事が終わり次第、夫婦で毎日学校に来るようになった。
18時から二人がかりで問い詰められることもあったし、残業でもあったのか、20時頃にふたりで学校に来ることもあった。とにかく、こちらの意見を聞いてくれない。罵詈雑言を浴びせられ、睨まれ、恫喝された。反論しようものなら、数時間かかって言い返され、謝罪を求められるものだから、次第に俺は黙っていつも暴言にさらされるようになっていた。
怒りより、屈辱より、辛さより。
どうして、佐藤の気持ちに気づいてやれなかったのか、とその思いの方が強かった。
親からそこを責められるのが、心底堪えた。
『大事な娘が「教員の間違った対応」のせいで、学校に行けなくなった。娘の大切な時期を奪ったのは、あんただ。あんた、どうしてくれるんだ』
そう親が詰りたい気持ちもわかったし、俺自身、「いじめに気づけなかった」という負い目があった。
だから。
毎日頭を下げて謝っていた。
すみません。すみません。すみません。すみません。
この頃から、完全に俺の体調が狂った。
まず、胃がやられて喰えなくなり、次に、腹を下し始めた。
この段階ではまだ病院には行っていなかったが、みるみる体重が落ち、下痢から血便が出始めた頃に、さすがに教頭に言われて通院を始めた。
『第三者委員会の立ち上げを要求します』
保護者は教育委員会にそう訴えた。
その時には、完全に俺は貧血と頻繁なトイレのために、教壇に立てなくなっていた。
部活どころか通勤すらままならず、校長に促されて二学期の間、休職をすることになった。医師はすぐに診断書を出してくれて、担任は副担任が引き継いでくれた。
俺は2学期の間、ほぼ自宅のワンルームマンションに閉じこもっていた。
外に出る元気もないし、たまに来る沙織の相手で精一杯だったが、それも回数が減り、2学期が終わる頃、完全に来なくなった。
そんな頃。
芝原先生が、ふらりとやって来た。
俺は先生をワンルームに招きいれ、なんだか死刑宣告を受ける罪人の気持ちで、復職の手続きを聞き、それから第三者委員会の出した資料を手渡された。
そこには。
『(中略)
当該女子生徒(佐藤)が部活動内で、同級生の女子生徒Aに対し、何度も金品を要求した(具体的には、部活終了後、何度も飲料等をおごらせた。回数等は別添資料参照)。
そのため、部活の上級生から指導され、同級生から距離を置かれることになる。
その後、彼女はクラス内、学校内で孤立。居場所を失った結果、『不登校状態』に陥った。
(中略)
今後このような事態を防ぐため、第三者委員会は以下のようなガイドラインを作成することを提案する(以下略)』
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