第29話 俺は、ぎょっとした
『保護者への連絡は任せろ』。ふと、隣からはっきりとした発音で言われ、視線を向けると、芝原先生が生徒の個人情報が保管されている金庫に向かって走りだすところだった。
『現地で会いましょう!』
『了解です』
香川さんの返事を聞き、俺も車の鍵だけひっつかんで、職員室を飛び出したのだ。
「田部、大丈夫か?」
田部の顔側に跪き、ゆっくりと声をかけると、田部はうっすらと目を開いた。俺の声に応じたその動きに、思わず顔を起こして香川さんを見る。香川さんも、息を吐いて首元のこわばりを解いた。
「具合はどうだ」
田部の青白い顔にそう問いかける。
「平気です」
田部は、掠れた声でそう答え、表面がかさついた唇を少し舐める。
「もう少しすれば、起きられます」
田部の声は明らかに強がりで、
「先生、車で来てるから。病院に行こうか?」
だが、田部は首を横に振る。生気の薄い、力のない声ではあったけれど、明確に俺に「いやです」と答えた。
「……熱中症ではなさそうですね」
俺の背後で、香川さんの小声が聞こえる。久我山さんも、「うん」と頷いた。
「顔の火照りもないし……。倒れた直後、首筋を触ってみたんだけど、それほど熱がこもっているようにも見えないんだよね」
「脈は?」
「まぁ、普通に思えたけど」
久我山さんと香川さんの会話を聞いていたが、不意に田部が起き上がる素振りを見せたので、俺は慌てて手を伸ばす。
「大丈夫か? 動いて平気か?」
地面に手をつき、首を伸ばすようにして田部が上半身を起こそうとしたが、やはり体が持ち上がりきれないらしい。すぐに重力に引かれるように体が倒れ、俺は寸でのところでその上半身を支えてやる。
支えて。
ぎょっとした。
軽いのだ。
軽いし、指がTシャツ越しに触れたのは、ごつり、とした背骨だ。
「お前、喰ってるのか?」
自分のことを棚に上げて、思わず尋ねる。無理して動いたせいか、俺の腕の中で上半身を凭れさせる田部は、顔を更に真っ青にさせていた。
「そうだ。なにか買ってくるよ、ポカリかなんか」
久我山さんが、田部の様子を見ながらそう提案してくれたが、香川さんが首を横に振った。
「久我山さんはもう、今日のところはお帰り下さい。ここまでありがとうございました。これ以上ご迷惑はかけられませんから」
香川さんがそう伝えるのを聞いて、俺も慌てて首を縦に振った。そうだ。この人をとにかく解放してあげなければ。
「何から何まで、ありがとうございました」
座ったままではあるが、久我山さんの方に顔だけ向けて俺はそう言った。言いながら、少し落ち込む。
俺の方が社会人経験も、そして年齢も上なはずなのに、香川さんの方が余程しっかりしている。
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