第25話 雨を裂いて、重い施錠音が俺の耳にも届いた

「あれは」

 田部が一息で答えた。


「前の住人が置いていったものらしいです」

 やけに早口で俺と香川さんにそう告げる。


「ここ、借家で。お母さんが借りた時にはもう、あった、って」

 ふぅん、と香川さんは言い、南天の葉に覆われたぶらんこを眺めやる。幼児が使う、プラスチック製のぶらんこだ。


 特段。

 変わったところはないように見える。


 向かい合ってイスが付いている、簡易なぶらんこだ。

 俺が小さな頃も家にあったような気がする。姉と妹が使っていて、俺は乗せてもらえないのに、巨大なクマのぬいぐるみは座ることを許されており、なんだか理不尽な思いを抱いた覚えがある。


 紫外線で劣化したプラスチックのイスには、結構有名な魔法少女のイラストが描かれていた。シリーズもので、毎年絵柄が替わったり、ストーリーがかわったりするやつだ。


「どうかしましたか」

 そっと香川さんに声をかける。香川さんは振り返り、俺を見上げた。

「いえ……その」


 その頬に。

 ぽつり、と雨粒が落ちた。


「あ」

 香川さんが呟いた途端、大粒の雨が音を立てて降り始める。とうとう、雨が落ちて来たらしい。


「降ってきましたね」

 香川さんが我に返ったようにそう言う。俺は頷いた。本降りになる前に、ここを出よう。


「じゃあ、田部。明後日又来るから」

 俺が田部にそう言うと、田部もどうしていいかわからないように空を見上げて、それから俺を見て頷いた。


「濡れるから中に入ってろ。じゃあな」

 そう言い、俺は香川さんに声をかけた。


「香川さん、帰りますか」

「そうですね」


 すでに彼女の肩口はしっとりと濡れている。「じゃあ、田部君。ボランティアさんの件、調整してみるね」。香川さんは田部にそう声をかけ、俺の後を小走りについて来た。二人そろって門扉を出るとき、ちらりと見えた田部は、すでに半身を玄関扉の中に滑り込ませているところだった。


 がちり。

 雨を裂いて、重い施錠音が俺の耳にも届いた。


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