第24話 つられて俺も、彼女の指を辿る

「そこは本当に、お手間かけます」

 深々と頭を下げると、香川さんは流石に苦笑した。俺はそんな彼女の顔に笑いかけ、田部に尋ねる。


「田部、そのパラソルはどこにあるんだ? 念のために香川さんにも見てもらって確認しておこう」

 田部は頷き、それからサンダル履きのまま、家の西側に回った。


 俺と香川さんは彼の後をついて歩く。

 繁茂した雑草を踏みしだきながら、西側の犬走りに進む。


 そこに、パラソルがあった。


 外構のコンクリ塀と家の間に、そのパラソルは屋根を傾げて立っている。


 一目で、随分と古いと感じた。机とイスが一体化しているプラスチック製のもので、机の中央から伸びる支柱に、昔は鮮やかだったと思われるパラソル屋根がぶら下がっている。


 田部も久しぶりにパラソルを見たのかもしれない。少し立ち止まり、焦ったような顔をしていた。こんなに古びていただろうか。そう思ったのだろう。


「触ってもいい?」

 香川さんが田部に尋ねると、田部は恐縮したように肩を縮めた。俺と香川さんはパラソルに近づき、各部品に触れたり、軽く揺すったりしてみたが、見た目よりは案外しっかりしている。手を入れればまだもつだろう。


「ねじを締め直せばなんとかなりますよね」

 香川さんも、歪んだパラソルを持ち上げたり、机の埃を手で払ったりしながら、俺に言う。同意を求めるような言い方だったので、俺は頷いた。


「初日の訪問日には、俺も同行します。工具を持ってきますから、整備し直しましょう」

「助かります」


 ほっとしたように香川さんが言うところを見ると、そういったことは苦手らしい。なんとなく万能感あふれる香川さんのそういうところが見られて、俺は親近感を覚えた。


「第一回目はいつにしますか? 当初の予定でしたら、明後日からでしたけど……」

 そんな俺の気持ちには気づかず、香川さんは首をかしげる。


「そうですね。テスト前に、集中的にお願いしたかったので……」

 俺は田部を振り返る。


「ボランティアさんの予定がよければ、明後日からでいいか?」

 田部は大きく頷いた。香川さんはそんな田部に笑いかけると、ふと視線を下に降ろす。


「ここ、芝生だったようですね」

 香川さんは足元を見てそう言った。


「芝生?」

 俺も視線を下げる。


 なるほど。

 もう、芝目も粗く、どちらかというと雑草の方の勢いに負けて枯れかかってはいるが、元は芝生が生えていたようだ。


 俺は顔を起こし、家の方を見る。

 雨戸のシャッターが閉まったままだが、多分大きなはきだし窓があるのだろう。

 沓脱石のつもりらしいコンクリの塊も見え、建った当初は、家から庭の芝生におりられるように考えられていたのかもしれない、と思った。


「ねぇ、田部君」

 香川さんのメゾソプラノの声に、俺は顔を彼女に向けた。


 ちらりと視界の隅にうつる田部も、不思議そうに香川さんを見ている。


 彼女の声に異変を感じたのは。

 平板だったからだ。


 抑揚もなく、感情の滲みもなく、まるで一本調子のその声に、俺と田部は訝って彼女を見る。


 彼女は。

 庭の片隅を、じっと見ていた。


 ちょうど家の裏手にあたる部分だ。

 鬼門なのか。

 南天が大きく茂っている。

 その。

 葉陰に隠しているものを、香川さんは見ていた。


「この家、田部君以外に、こどもがいるの?」


 香川さんは、ほっそりとした指で、それを指さした。


 つられて俺も、彼女の指を辿る。


 そこには。

 家庭用のぶらんこがあった。

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