第5話 昔の俺も、きっとそうだった

 下座の奥から、校長、芝原しばはら先生、俺が座り、向かいの上座には、奥から能勢のせさん、香川さんが座っている。


 俺はスラックスの尻ポケットから手のひらサイズのメモ帳とボールペンを取り出して、席順と名前を素早く書き込む。隣では、芝原先生がB5版サイズのノートを開いていた。


「僕なんてもう、能勢さんとは何年来の付き合いかわからなくなっちゃうけど」

 校長は向かいの能勢さんと目を合わせて笑い合う。


「新しい教員もいるしね。自己紹介しましょうか」

 校長は香川さんを見て会釈をした。


仙都せんと西中学校で校長をしております、泉です。今日はお忙しい中、ありがとうございます」

 校長は言い終わると、ちらりと芝原先生に視線を走らせる。どうやら教員が先に自己紹介をするようだ。芝原先生は手に持ったペンを机の上に置き、背筋を伸ばす。


「仙都西中学校で特別支援コーディネーターをしております、芝原恭介しばはらきょうすけです。よろしくお願いします」

 芝原先生が言い終わるのを待ち、俺は向かいの二人の女性を見た。香川さんと目が合うと、にこりと微笑まれる。また、どきりと心臓が跳ねた。


 なんというか。

 小動物的な可愛さがある。


「仙都西中学校で特別支援学級の情緒学級と不登校生徒を担当しています、行橋魁人ゆきはしかいとと申します。よろしくお願いします」


 そんなことを悟られないように深々と頭を下げ、ゆっくりと顔を上げると、香川さんは相変わらずにこにこ笑っており、能勢さんは素早く机のメモ用紙にペンを走らせていた。


「私は、この圏域でスクールソーシャルワーカーをしております、県教育委員会教育事務所所属の能勢百合子のせゆりこです。よろしくお願いします」

 俺はメモ帳に書いた『能勢さん』という名前の上に、SSWと書き込んだ。


 SSWとは社会福祉士の資格を持ち、学校と家庭、家庭と地域を繋ぐ役割をする人間のことだ。

 相談内容を丁寧に聞きだし、家庭の中に入ってまで調整を行うので、保護者からは『スクールカウンセラー』と混同する人がいるのだが。


 実際には全く違う。

 これは、なんとなく俺の個人的見解だが。


 スクールカウンセラーは、どこか学校や行政側の色が強い。というか行政や学校の意見をくみ取って生徒に接しているような気がする。

 もちろん、生徒本人の心理に寄り添うが、学校や行政、保護者の訴えに顔を向けているんじゃないかと首を傾げる時もある。


 対してスクールソーシャルワーカーは、かなり生徒や保護者の立場に寄り添う。そもそも、『社会福祉士』が、「地域と本人」、「本人と家族」をつなぐ仕事をしているせいだろう。家庭にも地域にも踏み込み、保護者や生徒本人が「出来ない」あるいは「苦手」であることを一緒に行う。また、社会資源の掘り起こしも行うという。


 だからこそ。

 この学校では、スクールカウンセラーの相談日には閑古鳥が鳴き、スクールソーシャルワーカーの相談日は二か月待ちだという。


 凄腕のSSWがいるらしい。

 そんな噂を職員室できいていたが。


 なるほど。

 この人がそうなのか。


 まじまじと見つめすぎたせいで、やっぱり能勢さんは俺の目を見つめ返した。慌てて視線をそらすと、またメモになにか書きとめている。だんだん彼女が一体何を書いているのか気になり始めた。


「私は、せんと町社会福祉協議会でボランティアコーディネーターをしております、香川奏良かがわそらと申します。今日は能勢さんからボランティアの依頼があり、内容等をうかがうためにこうやってお邪魔させていただきました」

 香川さんは、凛とした声で教員一同を見回し、口元に笑みを滲ませる。


 ふと。

 胸が締め付けられたのは。


 俺も一年前まではこんな笑顔をしてたんじゃないか。

 そう思ったからだ。


 晴れやかで、屈託がなく、人好きがする。


 彼女は。

 そんな笑顔で、俺たちを魅了した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る