電人あばばばばロマンサー

余記

笑わない赤ちゃん

「赤ちゃんは泣くのが仕事」

とはよく言うが、うちの赤ちゃんは全く泣いたりはしなかった。

いや、それどころか笑いもしない。


「あばばばばー!」

今も妻が笑わせようとあやしているが、まったく表情が変わったりはしない。

初めての赤ちゃんは娘だった。

名前は由希ゆき


表情筋が硬いのだろうか?

顔をぷにぷにしてみると、やっぱりふつうの赤ちゃんのようにぷにぷにしている。

柔らかくて、とってもきもちいい。

そんな事をしても、手でいやいやするだけで全く表情が変わらない。


つねってみても・・・というのはこの間試そうとして妻に怒られてしまった。

とにかく、何をしても、何を見せても表情が変わらない。

ちなみに、こちょこちょくすぐる、というのも一番最初に思いついてみて試してみた。

全く反応しなかった。



俺はもう諦めた。

妻も、たぶん諦めようとしている。

「あなた。この子も大きくなってきたけど病気らしい病気もしていないし、こういう子だと思って育てていきましょう。」


俺はうなずいた。




「はじめまして。わたしは、ハーブくんです。」

妻が購入したらしいロボットに挨拶された。


ちなみに、おねだんは?

2年分のボーナスが飛んでいた。

しばらくは、俺のお小遣いが減らされるらしい。

俺の全存在すべてが泣いていた。


ハーブくんには人工A知能Iが載っている。

人の表情を記録する機能も備わっている。

少しでも娘が反応すると記録されるらしい。

一週間後に確認してみた。

全く反応が無かオールフラットだった。




ハーブくんは学習する。

「あばばばばー!」

今も娘をあやしながら学習している。

だが、全く反応が無い。

つまり、学習する事が無い。


ハーブくんには、最初に家内が希望を伝えてあった。

「由希に笑って欲しい。」

それからハーブくんはがんばって由希をあやしている。


いまどきのロボットはインターネットにつながっているらしい。

ハーブくんはネットから様々な笑わせ方を学習してきた。

それを使って今も由希を笑わせようとあやしている。

ロボットらしい、根気強さと愚直さで。



それからしばらく後の事だった。

ハーブくんが報告してきた。

「ご主人様。由希お嬢様は何をしても笑ったりしません。」

知ってる。

「これがデータです。見ての通り、何をしても全く反応していないのです。」

分かってる。

「これは、不可能な問題みっしょん・いんぽっしぶると判断します。」

ボーナス二年分をつぎこんでいる。


「なんとかしろ!」




ハーブくんは失踪いえでした。




それからしばらく後の事だ。

近所に不審人物へんなひとの噂を聞くようになったのは。


不審人物と言っても、人じゃない。

何を言っているのか分からないと思うがロボットだ。

不審へんなロボット。

そんなのが何をするかというと、子供たちを捕まえて笑わせようとするらしい。

もう、何人もたくさんの子供たちが犠牲ぎせいになった。

みんな笑っていた。

子供たちからは電人ロボットあばばばばーと呼ばれていた。




あの子ハーブくんは、まだ諦めて無いのね。」

由希を笑わせる、というそんな夢想ロマンスを。

あの子由希は絶対、笑ったりはしない。」

未だに笑わせる事が出来る、と思っているのだとしたら、とんだ夢想家ロマンサーだ。

妻もさすがに諦めている。

俺はもう疲れた。




それから更にのちの事。

テレビでハーブくんが出演していた。

にらめっこの世界大会とかいうのがあるが、それに出場していたのだ。

ここしばらく、近所で噂を聞かなくなっていたと思ったら海外に行ってたのか。


「では、電人あばばばばーさん。得意の顔をお願いします。」

あばばばばー!

ハーブくんが来た最初の頃、よく妻と並んでやっていたアレだ。

茶を吹いた。

世界で修行してただけある。

強敵きょうてきと書いて強敵ともと読む。

由希という強敵ライバルがハーブくんを成長させたのだろう。



あの子ハーブくん、幸せに暮らしているみたいね。」

妻は嬉しそうに言った。

俺の財布は悲しそうだった。

未だに、お小遣いは減らされているのだ。



***



うちの家には、世界的な有名人が来る。

人というのは疑問だけど、とにかく、お笑い芸人の電人あばばばばーが来るんだ。

お父さんなんか、あれは昔オレが買ったハーブくんなんだ、とか言ってるけどそんなはずないと思う。

彼のお給料ギャラは、いまやすごい事になっている、という噂だ。

もし、彼がお父さんが買ったものだというなら、今頃うちは大金持ちになってるはずじゃない?

なのに未だにうちは、ただの中流家庭だし。


彼は、わたしが一息ひといきついた時とか、気を抜いた時にひょっこりやってくる。

そして、わたしを笑わせようとするの。


時には直球勝負で。時にはいろいろな小物を持ってきて。

このあいだなんか、地球儀を模したビニールのボールなんか持ってきて、どこかの芸人のマネみたいなのやってた。

いままでで一番おもしろくなかったけどね。


今日も、ひょっこりやってきて、得意のあばばばばーをやってくれた。

そして、私がぜんぜん笑わないでいると、悲しそうに肩を落としてどっか行っちゃった。


でも、絶対笑ってあげない。

なぜなら、笑ったら、もう二度と彼が来てくれなくなりそうな気がするから。


そんないじわるな事を考えていたら自然に、ニッコリと笑みがこぼれた。

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電人あばばばばロマンサー 余記 @yookee

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