他人行儀な恋愛話
@DomusAurea
第1話 優柔不断な汁粉缶 その一
二月。正月もとっくのとうに過ぎ去り、残すところイベントは期末テストぐらいの時期。広く長い一本道の廊下では何か起こるような気配はない。
当たり前のことなのに非日常的な世界で延々と微睡んでいたからか、少し腰をかがめて臨戦態勢(と思いたい)のポーズを作ってしまう。そんな正月ボケが今なお続く自分に苦笑しながら、また一歩一歩足を進めていく。
既にテスト週間に突入したせいか、はたまたただ寒くて早々に校門を飛び出したのか、珍しく人影は見えず、話し声も聞こえない。
それをいいことに、今期のアニメのオープニングを口ずさみながら階段を上る。先生も答案づくりで忙しいのか、誰かとすれ違うこともなく目的の四階へスムーズにたどり着けた。
「少し寒いな」
換気でもしているのだろう、二階にいたときに比べて空気の冷たさが変わったし、ときより吹いてくる冷気がオンボロ校舎だということを実感させる。
「あいつのことだし、体を温めるものなんて持ってないよな。うん。買うか」
一人で投げかけ首肯し即購入。かの……彼は苦いものが飲めないので、結局二年間他のドリンクに変わらなかったお汁粉缶をチョイス。ここで俺の全財産が尽きたが、大丈夫、問題なし。かのじ……彼の反応を思えばどうってことない散財。120円の飲み物に散財という俺の金銭感覚もおかしいと思うが。
かのじょ……彼はくねくねと曲がった道をたどった一番奥のドアの中にいる。まだまだ彼女……彼の妄想が尽きぬまま、彼も辿ったであろう道を歩く。
「お汁粉缶……でいいんだよな。毎回あいつの好み外してばっかしだからなぁ」
しかし、買い戻しなどできない。あの鋼鉄の箱は飲み物は渡す癖に腹にため込んでいるお金は離さない。お恵み程度にお釣りをくれるのみ。だからこそもし彼が「ごめん僕コーンスープの方が好きなんだ」なんていってきてもめげずに次買えばいいだけなのだ。
そうこう悶えているうちに目的の部屋があるドアにたどり着く。もううじうじしている時間はない、渡すだけでいいのだと恋する乙女になりきりながらドアをくるりと回す。
この部屋は特殊な教室、美術室と化学実験室を組み合わせたような感じになっていて、黒で塗りつぶされた大きい机が六つに、木材で組み合わさっている簡素な机が四つかける六で二十四個。とてもきれい……なんてことは決してなく、隅の机以外は毛糸や綿毛、フェルトなどなど、お裁縫に使う道具が乱雑に置かれている。昨日俺が片づけたはずなのにどうしてこうなった?
「おーい、めぐちゃんいるか~? いたら返事しろ~」
一応声を上げて確認。体が小さいからここからだと綿毛が邪魔して視認できない。いや、人を見えなくするほどの綿毛の量ってどゆこと。
「めぐちゃんはいませーん! めぐるはここですせんぱーい!」
そうやって否定したりするところが可愛いのを彼は知らない。多すぎて机を横断している綿を払いのけてその机を見れば、
「突然めぐちゃんとか言わないでください……なんか、あの、その、恥ずかしいです……」
かわいらしい男の娘――清水めぐるがちょこんと座っていた。
他人行儀な恋愛話 @DomusAurea
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