▪️3月3日▪️

第10話 青染月の後日談(壱)

 ♦♦♦ 10─1 ♦♦♦



「────とまぁ、それがちょうど一週間前の夜に起きたことだよ。いや、六日前か?」


 廃校になった学校の教室。

 その一室で今からちょうど一週間前に起きたことをこうして後日談として語り終える。

 教室のど真ん中に設置された一つの机と椅子。

 まるで被告人が自分の犯した過ちを語るべく設置された裁判所の証言台のようで、そこに座る俺は弁解するために罪状を語る被告人ひこくにんそのものに思えた。

 窓から吹き込む冷たい風が妙にリアルな質量感のある感触で身体に纏わりつく。

 続いく風も身体中に纏わりつくそれを重なって、だんだんと積もっていくのが分かる。

 それは過去から吹き込むのは後悔の風か……それとも全く別のなにかか。


「いやー相変わらず恋愛してるじゃねぇーか。──ええ、貝塚かいづかよ?」


 野太い男の声が教室に木霊する。

 人をからかうような軽薄な声の発生者の方へと意識を向ける。

 証言台(名ばかりのおんぼろ机だけど)に座る俺は依然として傲岸不遜な態度でに腰かける裁判官──奈落ならくかなえを見上げた。

 ピラミット型に積み上げられた机の屍の頂上に腕を組み、足をクロスさせた不敵な笑みを浮かべる奈落が言葉を続ける。


「借金返済のために汗水たらして、時には血を流していたあの頃のお前と比べると女の扱い方が上手くなったじゃねぇか。ええ?最初の依頼を受けていた時も思ったが、お前は天然のたらしじゃねぇーかと疑っていたが、それが今じゃ一体何人の女がお前に好意を向けているんだろうな。これが若さって奴か?」


 嫌味たらしく言う奈落。

 俺はそのことになにも反応しない。

 短い付き合いだが、奈落こういった口調になるのはいつものことで今更ムキになったり、声を荒げたりはしない。

 こういった時には黙って傍聴するのが得策だと最近気付いた。


「若さって、奈落もまだまだ若い方だろ」


「お、三十路後半のおじさんに嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。おじさんを泣かそうとするなよ」


 また心にもないことを言ってるよ、このオッサン。

 見た目は完全に20代の容姿なんだが、言葉遣いや態度、年下に対する上からの目線、慣れた手つきで煙草に火をつけるその動作。

 そんな20代の若々しい姿のままで長い間生きてきましたと言わんばかりの仕草をされると本当に30歳代なんだと思わせられる。

 奈落の動作一つ一つに年配特有の風格があるからそう思うのだろう。

 俺もなれるならああいったことを平然とこなせる大人になりたいものだ。

 奈落みたに年下にも容赦のない陰湿な奴にはなりたくはないが。

 今度から年下には優しく接して、後輩から尊敬される貝塚空になろう。

 反面教師とはこのことだ。


「それにしても、初対面の相手に家にこないか……なんて、ナンパ野郎でももう少しマシな言い方するぞ」


「そんなこと言ったって、俺には深夜に出会ったばかりの幼女を口説き落とすテクニックなんて持ち合わせていないし、そもそも最終的にOKしたのは月ちゃんのほうだろ」


「馬鹿野郎!女を首を頷かせるのは昔から男の役目って決まってんだよ」


「俺の場合、女の子に頷かせられたことの方が多いけどな」


 ……思い返してみると知り合いのほとんどだった。

 首じゃなくて頭を下げてるんだが……これは情けなくて奈落には言えないな。

 まぁ、俺の身の回りの女の子が妙に腕っぷしが強かったり、口では絶対逆らえないような奴や言うことは聞いてくれる奴はいるけど、後でなに要求されるか想像できない恐さがあるしな。

 どうして、俺の周りにはこう並みの男よりも強い奴が多いんだよ。

 これといった強みもない俺の肩身が狭いじゃないか。


「貝塚。お前は腕っぷしは悪いし、頭もいい方じゃない。これといった趣味の特技もない。なら、性格がいいのかと言われれば決して良くもない。そして……イケメンじゃない」


「馬鹿にしてんのか」


「機転も大してきかないし、勇気も情熱もない」


「……馬鹿にしてるよな」


 奈落は変わらぬ笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。


「だが、まあ。唯一挙げるとするなら、それは──」


「──『今もこうして生きてること』だろ?」


「なんだ。分かってるじゃないか」


 それもそうだろう。

 奈落と出会った当初から散々言われ続けた言葉だからな。

 初めて言われた時は早それどころじゃなくてすぐに頭の隅に追いやったから、あんまり深く考えたこともなくて、結局、時間と共に忘れ去ったけれど、大人の仲間入りを果たそうとしている今の俺にはその意味が分かる。

 いや、分かり始めてきたっていうほうが合っるだろう。

 貝塚空が今もこうして生きてる所以ゆえんの一つにその言葉が関係してることは間違いない。


「人は変わるっていう戯言も少しは事実だったわけだ。──なあ、お嬢ちゃんもそう思わないか?青染あおぞめゆえちゃん」


 奈落はそう言って視線を俺から教室の片隅に鎮座する──黄金の髪が風邪で靡き、若干濁りを残した透き通った碧眼が青い月を連想させる幼女。

 今年の4月で小学三年生になる青染月が体育座りの姿勢のままひびの入った固いコンクリートの地面に視線を落としていた。

 左目に眼帯を施し、額首両腕両足背骨胸部などと身体の部位という部位に赤く色づいている包帯が巻かれている。

 だが、肩から足のつけ根まで届く黒いロングコートを大事そうに胸辺りまで持ってくる様子は陰湿な空気を吹き飛ばすほどの温かさを纏っていた。

 月は奈落の声に僅かばかりの反応を示すと、おもむろにロングコートの隙間からそらを覗き見ていた。


「なんだ?オレじゃ不満てか?まったくよ、随分と好かれてるな~貝塚」


「茶化すなよ」


「事実だろ?なんだなんだ。お前はそれを否定するってのか?」


「否定は……しないさ。俺もそこまで馬鹿じゃない。月ちゃんの気持ちは素直に受けとっておくつもりだよ」


「ハハハッ!復習と反省を忘れるんじゃねーぞ受験生」


 言われずとも復習と反省を忘れずにするつもりだ。

 なんせ、俺は受験生だからな。

 そして、今日は卒業生でもあるけど。


「はあー。今日は随分と冷えるな。おい、貝塚。カイロ持ってねぇーか?」


「……この後卒業式が控えてるっていうのに、こんな朝っぱらから人を呼び出しといてよく言うぜ」


「それはそれ。これはこれだ。それにカイロはお前にとっても思いれ深い代物だろう。お前と青染月を引き合わせた言わば触媒しょくばいだからな」


 カイロがキーアイテムなら冬にしか作用しないじゃないか。

 冬以外に季節はどうするんだよ。

 最後のカイロが触媒……ってお前、女の子をガチャのキャラと勘違いしてるだろ。


「……あれは元々が仕組んだことだろ?なら、そこに必然性があっても偶然や、ましてや運命なんていう簡単に物事を片付けれる万能薬は存在しない。俺とあの娘は出会うべく理由わけがあって出会った。そうだろ?」


 あの時、深く関わり合いあくないがために踏み込むことを躊躇ちゅうちょして、なるほどと客観的に物事を認識することから逃げていたけれど、そこが大きな間違いだ。

 もし、客観的に見ることができたなら、俺はあの時すぐにでも警察の人間に引き渡すべきケースだった筈だ。

 それなのに俺はこの期に及んで躊躇した、彼女に歩み寄ることをやめた。

 選択は最初から間違っていたんだ。

 ……その心の無意識の揺れも計算づくだったんだろうけど、やり切れない気持ちになるのもまた事実だ。

 月ちゃんを家に上げた``あの時``もその一つだ。


「それはどうだろうな。ま、お前が後日談を語っていくうちにもしかしたら分かるかもな」


 だから、と奈落言う。


「語ってくれよ。後日談として一週間前の夜の続きを…さ!」


 裁判官は被告人に強要する。

 己の罪を己自身で語れと。

 夜はまだ浅い。

 深くなってくるのは二人の男女が同じ屋根の下についてからだと知っているから。





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空の後日談 雪純初 @oogundam

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