第9話 不審者は『悪』を語る

 ♦♦♦ 9─1 ♦♦♦



「(うなじにパンツから直に伝わってくるこの熱。……生温かい)」


 ──ではなく。

 夜道には気をつけろ。

 不審者がいるかもしれないから、と幼い頃の俺はそう両親から習った。

 幼くて、幼過ぎて、幼稚な想像しかできない幼い頃の俺は「なら、不審者ってたとえばどんな人のことを不審者と呼ぶんだろう」と子供らしい何気ない疑問を持ったことがある。

 そのことを両親、そして隣に住んでいた双子の姉妹に尋ねたところ両者共に同じ返答だったことは今でも鮮明に記憶に残っている。

 そう──確か「どんな人が不審者なの?」という俺の質問に、


『『夜中に幼女を肩車している人!』』


 ──と、そんな風に返答してきた気がする。

 なるほど。

 もう大学生になる年齢にもなるとみんなが言わんしていることが理解できる。

 意気揚々とやや不安げに幼い俺の顔をじっと見て答えたのは些か疑問だが、多分顔にでも何かついていたに違いない。

 ま、そんなことはどでもいいのだ。

 つまり、両親と双子が言いたかったことは、『不審者=ロリコン』の変態だということなのだろう。

 深夜の夜道に半裸の幼女を太ももを撫で続けながら肩車している根っからのロリコンが出歩いてるのだから、そりゃ子供だけで出歩くのは危険だ。

 もし、出歩いていたのが小学二年生で金髪碧眼の下着姿の幼女だったならそのままお持ち帰りされる可能性もあるからな危険も危険。大危険だ。

 俺がそんな変態と出会ったらそく通報だね。

 なんなら俺がそのねじ曲がって腐った性根を叩きのめしてやってもいい。

 逆にそこまでの不審者=ロリコンの面を見てみたいよ。

 はっはっは!


「てめぇのことだよ。この不審者」


 ──と、辛辣に言葉を吐くゆえちゃん。


「おいおい。不審者が出たのか?どこだ?どんな奴だった?なんなら、俺がそいつをぶっ倒してやってもいいぜ……!」


「だからお前だよ」


「不審者には気をつけなくちゃいけないからな……。俺も小さい頃、両親と隣に住んでた双子の姉妹から夜道を出歩く際には不審者……まあ、同じような意味合いだが変質者は危険だから見つけたら、即通報しなさいって散々言い聞かされたから、そういう奴には常日頃から警戒するようにしてるんだが……本当に出るとは」


 深夜テンションで自分のなにかが吹っ切れる奴はいるが(それも俺の後輩に)、犯罪行為にまで発展することもある聞くが……まあだがしかし、俺も人のことを言えないよな。

 昔、深夜テンションのせいでパジャマと裸足のままあてもなく全力疾走して、そのまま厄介ごとに巻き込まれてしまい、最後には身ぐるみ剥がされた真っ裸の俺は案の定、警察に変質者のレッテルを貼られたという散々な出来事があった。

 正に黒歴史。

 家に帰ってくるは、両親が電波系の息子に育ったって泣きわめいてる姿に罪悪感を感じたな。


「……月ちゃん一様聞くが、まさかその不審者は『幼女を肩車している人』じゃなかったか?だとしたら、間違いない。そいつは不審者で変質者のロリコンだ·····!」


「あー、確信犯なんだね」


 青染月はこの人はどこまでが本気でどこまでが嘘なのか、その境界線があやふやだなと呆れてため息を吐いた。



 ♦♦♦ 9─2 ♦♦♦



「空の家ってあとどのくらいで着くの?」


「踏切から徒歩で五分圏内の場所にあるからあとほんの数十秒」


「そんなに近いの?それにしてはなんだか普段過ごしてる一分が無駄に長く感じたけど」


「それはほら、アニメや漫画でよく使われる『この間、なんと二秒弱!』的な時間短縮なんじゃないか?」


「それは二次元の中でのことでしょ?」


「……真面目に突っ込むなよ。楽しい時間はすぐ過ぎるってよく言うだろ?」


「私はまったく楽しくなかったけどね。ずっと不愉快だったよ」


「さ、さいですか……」


 だんだんこの娘の暴言が板になってきてる気がするのだが、気のせいか?

 冬に半袖は完全に選択ミスだな。

 月ちゃんが履いているパンツの感触を堪能していなかったら、我慢できずに全力疾走──深夜テンションでできた黒歴史を繰り返すことになっていた。

 歴史は繰り返すとはよく言うが、こんな黒歴史が繰り返されるなら世界平和を願う人の気持ちも少しは分かるというものだ。

 平和万歳。


「ねぇ」


「なんだムーンちゃん」


「人の名前を勝手に英語版に訳すな」


「なんだツッキー」


「出会って間もない幼女に向かってフレンドリーに接しないでくれる」


「フレンドリーにいこうぜ」


「馴れ馴れしいよ」


「……拒否された」


「私は教室の窓際の席にいる黄昏プラス不思議系のクーデレ属性の美少女だからね」


「設定盛りすぎ。それ関係あるのか?」


「あるさ。ありありの蟻んこさ。だって、そういった設定のヒロインって大抵ぼっちだからね。加えて、フレンドリーに接されると今までの孤高のぼっち属性はどこいったのって感じですぐ主人公に堕とされるからね。まったく、チョロインにもほどがあるよね。私を見習ってほしいよ」


「俺はもう少しそのチョロインの純粋さを見習ってほしいけどな」


 チョロインはチョロインで実のところ主人公に向ける恋心は他のヒロインと違って、純粋な好意からきたものだから俺は結構好きなんだけどなチョロイン……。

 出会ってすぐに頬を染めるような女の子は生憎と疑い深い性格だから、好きにはなれそうにないけど。

 略難易度が高すぎるヒロインもそれはそれでどうかと思うが、難易度が恋ヶ崎レベルじゃなければ俺は断然、全ヒロインルートを徹夜で制覇したいものだ。

 高校に入学してまもない頃、意を決して恋愛ゲームをいざ買って、さあ今から誰を攻略してやろうかグヘヘ、と勇者が故郷の村から旅経つ際に流れるであろうBGⅯを部屋に流している最中、まるで初っ端の戦闘から二回攻撃の特性を持つクリティカル率の高い一つ目の巨人のように現れた双子の姉妹が「どのヒロインも陵辱されるよ」と最悪のネタバレをしたあいつらを俺は絶対許さねぇけどな。

 てか、なんで17禁のⅮにNTRのシーンがあるんだよ。

 18歳じゃないんだぜ。

 今なら普通にプレイするけどなグヘヘ。


「私のパンツの感触を確かめてる変態さん。あそこの突き当りの角曲がった先が変態さん一家の家なの?」


 ……まさかバレていたとは。

 首を振りすぎたか?


「家族もろとも変態一家とありもしない事実を捏造するな。男は皆、変態なのは当たり前だろ。どの家にでもいるもんさ変態って奴はさ。あ、質問の返答はYesだ」


「変態云々には同感。最後の返答に対する私の返答はやっとか、だよ」


「踏切からここまでだいだい五分弱だぜ」


「うん。そうなんだけどね異様に長く感じちゃってさ。ハッキリ言って眠い」


「ま、もう深夜の2時半ぐらいだからな。いい子はおねんねの時間だ」


「なら、大丈夫。私は悪い子だから」


 月ちゃんは俺の髪の毛に顔をうずめてもごもごとこもった声で呟く。

 頭皮にかかる月ちゃんの吐息に興……身を震わし、ここへ来て初めての反応をみせてくれたことに喜び半分、不安半分の気持ちで今は頭上で雲に隠れた満月の方へと視線を向けていた。

 その満月は陰りをみせると、瞬く間に雲が風で流され、再び通常の淡い光を地上に注ぐだけの満月へと戻っていった。

 顔を上げた月ちゃんの表情に一点のくもりもなかったことが俺には通常とは違う、なにか一線を画した深い闇の一端を目撃したのだと理解する。

 だが、追及するのはもう少し後のことになる筈だ。

 女の子ってのは秘密をお洒落同然に着飾る肝の据わった人たちだと俺は知っている。

 つまり、一筋縄ではいかないんだよな……美少女って人種は。


「バーカ。自分で悪い子って自称してるうちは本当の悪い奴にはなれねぇよ」


 投げかける言葉ではなく、投げ捨てる言葉を俺は月ちゃんに向かって吐いた──吐き捨てた。

 悪い子。

 悪い奴。

 思い出深いと言えば思い出深い言葉。

 悪を遂行するために吐く信念のこもった決め台詞ではなく、悪になろうと自分を奮い立たせるために呟く自称『悪』。

 半端者が本物になれる筈もない。

 何故なら、『悪』ってのは結果論で決められるのではないのだから。

『悪』は──過程から生じる副産物だということを勘違いしてはいけない。

 そう、俺のように。


「ふ~ん。空も空でハードな人生を送っているんだね」


「ハードかはともかく、意外か?」


「別に。興味ない」


 自分勝手な悪い子だこと。


「──と、楽しい楽しい雑談をもっと続けたいだろうけど一端休憩だ」


「そんなこと一度……も……」


 ゆえは空の発言を反射的に飛び出てしまいそうな文末の否定語を喉に詰まらせた。


「……ここが」


 月の目の前には長く見えた夜道は既にない。

 いつもより少し不気味に映る満月の下で、月の紺碧の瞳には見慣れた筈の自分の家とはかけ離れた他人の家が視界を占めていく。

 質素な雰囲気を漂わせながらも人の営みを感じる家を月は初めて見た。


「ふ」


 俺は不適の笑みを浮かべ、


「そう。ここが、俺と月ちゃんの愛の巣となる家だ!」


「色々と台無しだよ」


 今日一番のドスの効いた声で突っ込む月ちゃんだった。

 ……解せん。







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