狂気の出会い
二人目の男の名は、フニカラシ。彼は長く続いた戦争から帰ってきた帰還軍医だった。シェエンバレンとジェタリオが『調理場』を探している時、偶然彼の実験場を見つけてしまったのが、出会いのきっかけだった。
退役後のフニカラシは地元の街の病院で働きながら、戦争で失ってしまった多くの友人や仲間達の命をどうすれば救えたかを四六時中考えていた。彼は忘れられなかった。戦いで死んだ者の悲痛の表情と叫びを。
戦争での悲劇の記憶とフニカラシが生まれ持っていた歪んだ精神は、彼をある一つの結論に至らせた。
最初から死ななければいいのだ、と。
この考えに至ってから、フニカラシは神託を受けた聖職者のように、不死の研究に没頭した。秘密の研究室を作り、戦争で国を失った難民を攫い、彼らの命を惜しげもなく使って人体実験を繰り返した。不死者の誕生を成す為にフニカラシが行った実験は生命の冒涜とも呼べる、おぞましいものばかりだった。
フニカラシの肉体と精神は尋常ではない程にタフだった。彼は寝る間も惜しんで、この不死研究を続けた。実験が続けば続くだけ、多くの犠牲者が生まれたが、彼はどれだけ人が死のうが微塵も気にすることはなかった。
フニカラシが不死の研究を続けていたある日、秘密裏に作ったはずの研究室の扉が激しい音と共に開かれた。フニカラシは隠し扉の先に設けた監視室に急いで隠れ、無作法な侵入者の姿を確認する。扉から現れたのは二人の男だった。
一人は大柄で筋肉質、野性的な風貌を持つ男。もう一人は右眼に眼帯をした男。そちらはギャーギャーと甲高い耳障りな声を喚き散らしていた。
フニカラシは男達の姿を確認すると、研究室に仕掛けていた罠を作動させ、彼らを捕えることにした。人間が死なない程度の電流が流れた捕獲網、細長い通路に仕掛けたそれを彼らの頭上から落とす。
野性的な風貌の男には感づかれていたのか、簡単に避けられてしまったが、眼帯の男はまんまと捕獲網にかかってくれた。感電のショックによって先程よりも耳障りな声で叫んでいる。フニカラシは眼帯の男の間抜けな声を聞いて思わずほくそ笑んでいたが、あることに気付き、笑っていられる余裕が消えた。
(なぜ、感電している状態であそこまで声を出せる? のたうち回れる? 人体の抵抗値を計算して作った捕獲網だぞ。本来なら筋肉が痙攣して動けなくなるはずだ)
激しく動揺したフニカラシは、監視室を慌てて抜け出し、二人の侵入者に会いに行った。普通の人間ならありえるはずのない肉体の反応に興味があった。不死の研究に繋がる何かをこの男達が持っているかもしれないと。
「君達は一体何者だ? どうして感電していても動けるんだ?」フニカラシは男達の前に姿を現すと、一瞬の間も置かずに尋ねた。
「そういうあんたこそ誰だよ? ここは何の施設だ?」野性的な風貌の男が逆に質問を返してくる。
「私はフニカラシ、不死の研究をしている。そして、ここは私の研究室だ。しかし、そんなこと今はどうでもいい。君達は一体……?」
「シェエンバレン、異界渡りだ。そこのゴミみたいに転がっている奴はジェタリオ――」
「異界渡り! 聞いたことがある。……その身体も普通の人間とは違うのか? 教えてくれ!」
シェエンバレンは凄まじい熱意のこもったフニカラシの語気に狼狽えた。だが、この異常な熱意は上手く利用できるとも考えた。それに、不死。異界渡りの肉を今まで以上に喰えるかもしれない。
「教えてやってもいい。だが、条件がある」
「条件? 私は不死の為ならなんだってやるぞ」
「それはいい。なら、俺の『食事』の手伝いをしてもらう」
フニカラシはジェタリオと違って、最初から協力的だった。不死への異常な執着が悪魔との契約を簡単に結ばせてしまったのだろう。
シェエンバレンがフニカラシと共に行動を始めた事で、ただでさえ残虐だった彼の『食事』は更に惨たらしい物へと変わった。
三人目の男はラドヒリクと言った。だが、これが彼の本当の名なのかは分からない。彼は過去の記憶が曖昧で、自分の両親の顔も故郷の名も分からないのだ。
ラドヒリクという名も記憶の中に残っていた名前の一つをなんとなく使っているだけだった。しかし、この名はシェエンバレンの店で料理人として働いている時以外は使わない。彼の名はその顔と共に常に変化するのだ。
ラドヒリクの記憶の始まりは、柔らかく温かい肌色に覆われた部屋。時折部屋の中に入り込む光が一面の肌色を照らしていた。
大量の人間の皮膚で作られた壁紙。
彼はその部屋の中心で恍惚としながら、立ち尽くしていた。しばらく肌色に染まった景色を眺めていると、沢山の警官達が部屋に押し寄せ、ラドヒリクを捕らえた。
その後、物事は淡々と進み、すぐにラドヒリクを被告人とする裁判が始まった。
法廷にラドヒリクが目の記憶の始まった場所が映し出される。彼にとってはうっとりするほど美しい光景だったが、法廷内にいた人々は青ざめた顔をして、泣いたり、怒鳴ったりしていた。吐き気を催したのか、退室する者もいた。
「……以上の事から、彼には『死刑』を求刑します!」
背の高い検察官が、ラドヒリクから見て左側の席から大声を上げている。今度は右側の席に座っていた背の低い男が立ち上がる。覇気を全く感じさせないその男は、ラドヒリクの弁護士だった。彼の言葉は周囲の空気に気圧されてしまっているのか、酷く弱々しかった。
とても小さな声で話す弁護士を野次る検察官。どんどん追い詰められ、縮こまっていく弁護士の姿は、見ていて悲しくなった。
ラドヒリクが呑気に裁判の進捗を眺めていると、彼の真向かいの席に座っている男、立派な髭を蓄えた裁判長が木槌を数度叩き、ざわついていた空気を鎮めた。
「被告人、何か言っておきたいことはありませんか? この質問の回答を聞いた後、判決を下します」
裁判長の問いに対して、ラドヒリクは飛び切り爽やかな笑顔を向けて言った。
「どうせ死刑にするなら、刑が執行される迄に入れられる監獄は、若い人が沢山いる所にしてください。あとは最新の設備が整った清潔な場所がいい。そういう所の方がストレスは少ないだろうから、肌の綺麗な人が多そうだ。……僕がこんな事を話す理由、分かりますよね、裁判長」
裁判長はラドヒリクの問いに対して、何も答えなかった。その場にいた誰もが言葉を失っていた。しばらくの沈黙の後、裁判長はラドヒリクに宣告した。
「被告人を死刑に処する!」
ラドヒリクの行き先は、彼の頼みとは全く異なる、この世界の中でも最低の檻と言われていた死の監獄だった。
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