眼帯の理由

 ネイリットは、シェエンバレンの店の成り立ちや、従業員達がどんな仕事をしているかなど、いくつかの質問を尋ねた。彼らから返ってきた答えは特筆するような重要な物ではなく、これといってネイリットにとって気になる点は無かった。


 シェエンバレン達はどんな質問にもすらすらと答えてしまう為、ネイリットが予め用意していた質問は、すぐに弾切れになった。まだまだ時間はあったが、話の種は尽きていた。困り果てたネイリットは隣の席に座っているケイツェンに弱々しい視線を送り、彼女に助けを求めた。ケイツェンはそんなネイリットを厳しい表情で睨みつける。


(だから、あんたは見習い止まりなんだ)


 ケイツェンの無言のしかめっ面から、そんな声がネイリットには聞こえてきた。しかし、彼女は優しい先輩として、可愛い後輩に、しっかりと助け舟を出してくれた。


「あなた方のお店の事は十分お聞きすることができましたので、今度はお一人お一人からお話をお聞かせしていただけませんか?」


 ケイツェンの問いを聞き、シェエンバレン達は顔を見合わせた。しばらくしてシェエンバレンが皆に向けて頷くと、ジェタリオが手を上げた。


「いいよ。まずは俺から話す。何を話せばいい?」

「差し支えなければ、これまでの生い立ちなどをお話していただければ幸いです」

「よし、分かった」


 眼帯を付けた男、ジェタリオが意気揚々と自身の生い立ちを語り始めた。




 ジェタリオは砂漠の側にある街に生まれた。彼の一族は商人の一族であり、街の流通を担う重要な役割でもあった。彼はその事を誇りに思っていたし、自分も街を支える為に、両親や歳の離れた兄と同じように、商人になるつもりでいた。


 しかし、その夢は叶わなかった。それは、ジェタリオが商品を仕入れる為に別の街にいた時に起きた。仕事を終え、帰り路についたジェタリオは遠くから街の景色を見下ろすことができる丘で、一息つくことにした。丘の上からは、真夜中だというのに明るく輝く街が見えた。そして、黒々とした煙も立ち上っていた。


 その暗雲のような煙を見て、ジェタリオは街へ急いだ。


 街に辿り着いた彼の目に映った物は、燃え盛る我が家だった。近隣の住民に話を聞くと、野盗達が金目の物を狙い、商人の一族であるジェタリオの家を襲ったのだという。必死に消火作業が行われていたが、炎の激しさは変わらなかった。


 炎は彼の家を凄まじい勢いで破壊していった。破れた窓から床に血を流しながら、倒れ込む両親と兄の姿が見え、ジェタリオは泣き叫んだ。だが、何をするにも手遅れだった。彼は家族の遺体と共に燃え落ちていく家の前に立ち尽くした。かつての幸せな思い出を頭の中に浮かべながら。


 虚ろな目で炎を見ていると、暗がりに人影が見えた。ジェタリオはその影に向かって、歩みを進める。人影は野盗の一人だった。逃げ遅れたのか、まだ盗み足りないのか、理由は分からなかったが、キョロキョロと当たりを見回していた。


 ジェタリオは沸き起こる怒りに任せて、その野盗に襲いかかった。野盗は不意をつかれ、動揺していたが、片手には小さな拳銃を持っていた。破裂音が鳴ると、小さな銃口から放たれた弾丸がジェタリオの右目にぶつかった。その瞬間から、彼の右目は使い物にならなくなり、彼の心も壊れ始めていく。


 右目に傷を受けたジェタリオは、その場に倒れ込み、意識を失ってしまう。彼が再び目覚める頃には、炎と共に彼の全てが消え去っていた。家も、家族も、彼の夢であった商人として生きていく術も。唯一残ったものは、街の外れにある一族が隠していた小さな食料庫だった。彼はそこに住み着き、食べる時と眠る時以外はそのほとんどの時間を焼け落ちた家を見つめることに費やした。


 一人生き残ったジェタリオを案じて、街の人々が焼け落ちた家の前に立つ彼に、慰めの声を掛けたが、絶望しきった彼の心にはどんな言葉も届きはしなかった。そして、いつしか彼に声を掛ける者はいなくなった。ジェタリオの一族が担っていた街の流通が止まった為、人々は次第に他の街へと移り住んだのだった。


 砂漠が近くにあるこの街では、昼は灼熱の日差しが、夜は凍えるような冷気が襲いかかる。しかし、どんなに厳しい気候の中でも、ジェタリオは何もかも消え去った自身の家を食料が尽きるまで、孤独に呆然と見続けた。そして、遂には食料も無くなり、愛する我が家の前で、彼は倒れた。


 遠のく意識の中、仰向けに倒れたジェタリオは空を見た。太陽の眩しい光が輝いている。このまま干からびて死んでいくのだろうと、ジェタリオは思った。彼が自分の死に様を考えていた時、どこからか砂を踏む足音が聞こえてきた。足音の正体はジェタリオの頭上まで近付いていき、彼の顔を立ったまま覗き込んでくる。今まで彼の身体を焼いていた日差しが、頭上に立つ何者かの身体によって遮られた。

 

 ぼやけた視界と逆光の中、必死にその正体を見定めようとしたが、突如として顔面に落ちてきた水の塊がジェタリオの開眼の邪魔をした。だが、顔に打ち付ける冷たい水は、衰えた視力を元に戻してくれた。今度は回復した両目をしっかりと見開き、頭上に立つ者の正体を確認する。彼の目に映った物は、一人の男だった。


 男は何も言わずに、ジェタリオに水と食事を与えた。そして、焼け落ちた目の前の家のことや、その側に倒れていたジェタリオの素性について尋ねた。ジェタリオはなすがままに己のことを語った。男はジェタリオから一通りの話を聞き終えると言った。


「このまま消し炭になった家と一緒に死ぬか、俺についてくるか、選べ」


 何故かは分からないが、ジェタリオはその男についていくことにした。名前を尋ねると、男は『シェエンバレン』と答えた。




 ジェタリオは話を終えた後、右目の眼帯を外した。彼の右目にはガラス製の義眼が取り付けられていた。


「義眼を作ってはもらえたが、手術をするまでに時間があったから、傷が悪化しちまってな。強い光を吸い込むと、目の奥が痛むようになっちまった。だから、いつも眼帯をしてるんだ」


 ケイツェンは彼の話を聞いて、同情している様子だったが、ネイリットは違った。ジェタリオの義眼を見て、違和感を感じていた。頭の中で何かが引っ掛かっていたが、別の従業員が話し始めた為、ネイリットは考えるのを止めて、彼の話に耳を傾けることにした。


 ジェタリオの次に話し始めたのは、顔に傷のある強面の男性、フニカラシだった。あまりにも厳しい表情をしている為、シェエンバレンが「少しは笑え」とフニカラシの事を茶化した。それでも、彼の眉間に刻まれた深い皺が和らぐことはなく、相変わらずの強面を保ちながら、ゆっくりと口を開いた。

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