『力』のしくみ
リシュリオル達はルギオディオンに異界喰らいとの戦いの経緯を話した。獣人の様な姿をした異界喰らいの姿やその能力。そして、彼の協力者達の存在。ルギオディオンは真剣に二人の話に耳を傾けていた。
異界喰らいについて、一通り話し終えた後、アトリラーシャが呟く。
「奴らは人間なんかじゃないと思います。あの異形の姿も、命を何とも思わない邪悪さも。人の道から外れた化け物だ」
彼女のそんな呟きに対して、ルギオディオンは指摘する。
「……いや、話を聞いた限り、異界喰らい共は化け物などでは無いだろう。れっきとした異界渡りの人間だ。人の道を外れているという点には同意するがな」
「どういうことですか?」
アトリラーシャが不思議そうにルギオディオンに聞く。
「異界渡りの『力』は変質する。特に『力』を発現する物体が体内にある場合、それはよく起こると言われる」
「『変質』というのは?」
リシュリオルが尋ねる。
「変質について説明する前に、異界渡りの『力』についてまず教えておこう」
ルギオディオンがそう言うと、彼は水の入った透明な瓶をテーブルの上に置いた。そして、瓶の中に自分の手を突っ込みながら、話し続ける。
「……この『力』というのは、物体に接触することで発現する。我々異界渡りの身体からは、常に特殊なエネルギーが放出されている。そのエネルギーが異界渡りの意識と共に、物体に干渉することで、異界渡りは物体の自由自在な操作や特性の強化を行うことができるのだ」
ルギオディオンが瓶に入れていた手を抜き出すと、その指先にはゼリーのように固まった水の塊が付いていた。彼の指から離れた水の塊はテーブルの上を這いずり、その形を変幻自在に変えた。球状から円柱状になった後、真っ二つに分離し、また球状になる。最後は元の一つの塊へと戻り、瓶の中へと帰った。
「水を操る力……」
「そうだ。……先程説明したエネルギーと私の水を動かそうとする強い意識によって、瓶の中の水は私の思う通りに動かせるようになった。そして、この意識というのが『力』の変質にも大きく関わってくる。……イルシュエッタ!」
ルギオディオンはつまらなそうに彼の話を聞いていたイルシュエッタを呼んだ。イルシュエッタは眠そうな眼をこすりながら、ルギオディオンの隣へと移動し、間抜けな顔で大きな欠伸をする。
「変質の分かりやすい例は、こいつだ。こいつの首に掛けてある鍵は、本来の『力』である何の変哲も無いただの扉とは異なる、異界の扉を生み出せる。こいつは何らかの強い意識を、常に身につけている物体である鍵に長期間送り続けたことで、その『力』を変質させた。……こんな奴が世にも珍しい特別な力を持っているということは非常に腹立たしいがな」
「いやぁー、どうもどうも。ありがとうございます。ははは」
イルシュエッタは高笑いしながら、ルギオディオンを小馬鹿にするような口調で感謝の言葉を送った。リーリエルデが冷や汗を掻きながら、必死に彼女の甲高い笑い声を抑えようとしていた。
「……研究が行き詰まったら、こいつの脳みそを取り出すつもりだ。異界渡りの『力』は脳と関係があるらしいからな」
「え? そんな話、初めて聞いたんですけど?」
動揺するイルシュエッタの質問を無視して、ルギオディオンは話し続ける。
「つまり『力』の変質は、『力』を発現するためのエネルギーと強い意識を特定の物体に長期間送り続けることで起こる。異界喰らいの場合、人肉を喰いたいだとかそういった思いを、何らかの物体に送り続けていたことで、獣人の姿へと変貌する『力』を手に入れたのだろう。異形の姿へ変わる程、変質してしまっていれば、元々の『力』など想像もできない。残念ながら、『力』を引き出している物体については常に身に付けているということ以外は見当がつかんがな」
「『力』の変質については、分かりました。……それで、奴等を倒す方法はあるんですか?」
アトリラーシャは腰掛けていたソファから勢いよく立ち上がり、声を荒げて尋ねた。彼女の問いに対して、ルギオディオンは至極簡潔に答える。
「知らん」
「え?」
唖然とするアトリラーシャ。口をぽっかり開けたままの彼女を見据えながら、ルギオディオンは先程のあまりにもさっぱりとした答えに、言葉を繋げた。
「専門外のことなど分かるわけが無いだろう。だが、『力』を引き出している物体を破壊することが異界喰らい共を倒す最善の道であることは確実だ。そして、その最善の道を進むという点で、君達にはとても幸運な現実がある」
「それは一体……」
アトリラーシャは息を呑む。
「この世界の、この街にいることだ。……ここの書物がもたらす情報は常に新鮮だ。異界喰らいに関わる情報も、探せばいくらでも見つかる筈だ。そして、奴等との戦いをよく思い返し、必要な武器を考えろ。それは、この世界にある知識でいくらでも作れることだろう。……膨大な知識や情報は強力な武器の一つだ。それが今、すぐ近くに揃っているというなら、使わない道は無かろう。……例えるなら、この街は優れた基地だ! 優れた基地では優れた戦略や戦術が生まれる。君達という貧弱な雑兵では、精鋭の戦士である異界喰らいに勝つことはできないだろう。だが、今の君達にはこの書物の街という基地がある。それを存分に駆使し、戦略と戦術で勝て!」
ルギオディオンは熱く激しく、まるで兵士を鼓舞するための演説のようにリシュリオル達に言葉をぶつけた。二人はその勢いに飲まれ、しばらく声を発することができなくなってしまった。
「……やってみます」
アトリラーシャとリシュリオルは互いに向かい合うと、ゆっくりと頷いた。正直な所、期待していた程には異界喰らいについては分からなかった。しかし、ルギオディオンの言葉は二人の心に戦う勇気を与えた。彼の力強い言葉は勝利を導く者の言葉に思えた。
「さっすが王様。言うことが違うねぇ」
イルシュエッタがふとそんなことを呟いた。いつもの他人を小馬鹿にするような口調だった。
「王様?」
リシュリオルはこの部屋に入って初めて耳にする単語に首をかしげる。
「言ってなかった? この人、異界渡りになる前は、どっかの国の王様だったんだよ」
「聞いてない……」
確かに、ルギオディオンには独特のカリスマ性があった。秀麗な顔立ちもそうだが、絶対的な自信に溢れた言動と堂々たる態度は、並の人間には存在しないものだった。過去の話であるとはいえ、彼が一国の王であったと思うと、リシュリオルは急にかしこまってしまい、彼の顔を直視できなくなった。隣りにいるアトリラーシャも酷く動揺しており、あちらこちらへと視線を泳がせていた。
「余計なことを言うな、イルシュエッタ! ……こういうのを嫌っているから、私が自分の素性を言わずにいることに、貴様はいつになったら気付く!」
「はあ、すみません」
イルシュエッタの口から気の抜けるような謝辞の言葉が漏れる。そして、にこやかな笑みを浮かべたイルシュエッタはリシュリオルとアトリラーシャの近くへ寄り添い、隣り合う二人の肩に手を置きながら、耳元で囁いた。
「二人共、緊張しすぎだって。私みたいにしてればいいんだよ。あの人だってただの人間なんだよ?」
「……私と、人として話したいのなら、礼儀と高潔さを失ってはならない。そいつのようにな」
ルギオディオンがそう冷たく言い放った後、彼とイルシュエッタは互いに真顔で見つめ合った。しばらくして、イルシュエッタはにこやかな笑顔を取り戻し、ルギオディオンの座るソファの後ろに立った。彼の視界に入らぬように。直後、彼女は素晴らしい程に悪意に満ちた表情を浮かべながら、他人の不幸を祈る中指の塔を突き立てた。今度の塔は二本だった。
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