四人目の男
闇の中から現れた凹凸の男は異界喰らいの隣に立つと、握り締めた右手を真っ直ぐ腕を伸ばしながら、リシュリオルに向けた。よく見ると、その右腕の表面にも顔にあるような凹凸がもぞもぞと蠢いている。
凹凸の男が握っていた右手を開くと、例の破裂音が鳴り、男の右手首の辺りから弾丸が発射された。
リシュリオルはすぐさま、自身の目前に黒炎をばら撒き、その弾丸を防ぐ。
リシュリオルは考える。今まで闇の中から撃ち込まれていた弾丸は、凹凸の男の体内から発射されていた物だと。あの顔面を蠢く凹凸の正体もきっとその弾丸だろう。どうやって弾丸を体内で生成、操作しているかは不明だが。
リシュリオルが凹凸の男を睨んでいると、男は口元に蠢く弾丸を別の顔の部位に移動させてから、ザラザラとカサついた声を発した。
「その炎、精霊憑きという奴か? だが、最初の布はなんだ? お前は何者だ?」
リシュリオルが凹凸の男の質問に答えないままでいると、隣りに立つ異界喰らいが彼女の代わりに答えた。
「どっちも、なんだろ? 俺もそんな奴は初めて見るぜ、どんな味がするのかね」
「面白い。実験のしがいがあるな。あの女は私が使う」
「いや、俺が喰う。……それより、なんで前線に出てきた」
「ああ……。『スコープ』がな、跳ね返ってきた弾丸を受けて、使い物にならなくなった」
凹凸の男は二本の指で自身の両目を指差す。そのジェスチャーを見て、異界喰らいは気分を悪くした時のように、額に手を当て俯いた。
「眼か……? どっちの眼をやられた?」
「役に立つ方の眼だ。完全に使えなくなったわけではないようだがな」
異界喰らいは路地に捨てられたゴミでも見るような目つきで、大きなため息を吐いた。そして、その場にいない同業者に向かって、落胆の呟きを漏らす。
「どこまで使えないんだよ」
「まあ、言ってやるな。役に立つ時はあるんだからな」
異界喰らいと凹凸の男は目前にいるリシュリオル達を無視して、緊張感の欠片もなく笑いあっていた。二人の周囲を渦巻く空気はドス黒く、おぞましかった。リシュリオルには、この異形の姿をした猟奇者達の精神には底知れぬ邪悪と歪んだ執念の両方が混在しているように思えた。
「おい。おしゃべりはもう終わりだ」グレスデインが鋭い目つきで異界喰らい達を見据える。
「ああ、終わりだ。だが、お前達がだ」
「何を言って――」
グレスデインの質問は工場の天井から響く金属音に遮られた。音のする方を見ると、天井近くに取り付けてあった点検用の梯子に一人の男が張り付いていた。男はグレスデイン達の視線に気付くと、勢い良く梯子から飛び降り、アトリラーシャとカルウィルフの背後に着地し『こんにちは』と一言だけ挨拶を告げた。
その場にいた皆が突如として現れた男の姿に釘付けになった。男の筋骨隆々な身体や端正な顔には、手術後につくような傷跡が残っており、その姿はまるで継ぎ接ぎだらけの人造人間のようだった。だが、その傷跡は決して医療による手術の跡ではなかった。
着地の衝撃で落とし物でもしたのか、男はその場にかがんで何かを探し始める。探し者がすぐに見つかったのか、程なくして男は地面に落ちた布のようなものを拾い上げた。そして、拾った布を火傷のような跡が見える腕に乗せ、何処からか用意した針と糸を使って、縫い付けた。
リシュリオル達は男の行動を唖然として見ていた。それは、男が彼女たちにとって理解不能な行動をしていたからでは無い。男が自身の腕に縫い付けたのが、布ではなく人間の皮膚だったからだ。その皮膚の出所は分からない。だが、こいつらのやることなど、すぐに想像は着く。
「いやぁ、取れちゃったよ。これが無いと、傷が痛むんだよねぇ。皆が急かすから、縫合が甘かったみたい」継ぎ接ぎの皮膚を持つ男は笑顔で、異界喰らい達に話し掛けた。
「知るか。さっさとやれ」異界喰らいは継ぎ接ぎの男を冷たくあしらい、グレスデインとリシュリオルに詰め寄った。
「はいはい」
継ぎ接ぎの男は生返事の後、満身創痍の姉弟に襲いかかった。カルウィルフは折れていない腕を使って、懐に隠していた短刀を継ぎ接ぎの男に向かって素早く振り下ろすが、刃は男の素肌を切り裂くことができず、弾かれてしまう。
「か、硬い!」
「俺の皮膚は特別なんだ」
継ぎ接ぎの男はカルウィルフの刀を弾いた瞬間の隙をついて、鋼鉄の皮膚を使った一撃を腹に見舞う。その勢いでカルウィルフは宙に打ち上げられ、受け身も取れず、地面に叩きつけられた。
倒れ込むカルウィルフを見下ろす継ぎ接ぎの男に向かって、アトリラーシャはナイフを投げた。継ぎ接ぎの男は両腕でそのナイフを弾こうとするが、ナイフは急速な方向転換を始め、男の腕をかすめて、両目へと突き進んだ。アトリラーシャの狙いは疾く正確だったが、ナイフが男の眼球に刺さることは無かった。
継ぎ接ぎの男の顔は変形し、両目の周囲を硬質化した皮膚が覆っていた。そして、再び男の顔は変形し、先程の端正な顔立ちから、皺を刻んだ初老の男性の顔へと変わった。
「惜しいな」
継ぎ接ぎの男の回し蹴りがアトリラーシャの側頭部を打ち抜く。アトリラーシャは地面から身体を離せないほどの傷を負ってしまった。必死に立ち上がろうとする彼女の元に継ぎ接ぎの男がとどめを刺そうと迫る。
異界喰らいと凹凸の男と戦っていたリシュリオルとグレスデインはアトリラーシャを助けるために咄嗟に動こうとした。しかし、その行動は大きな隙を生み、異界喰らい達の攻撃の的となってしまう。
リシュリオルは、アトリラーシャの元へと駆けつけようとした瞬間に両足を撃ち抜かれ、地面に滑り込んだ。これで、素早く動き回ることはできなくなってしまった。地面に這いつくばりながら、姉弟とグレスデインの方を順番に確認する。
姉弟はまだ無事だった。カルウィルフが姉を守ろうと継ぎ接ぎの男の前に立ちはだかっていた。
グレスデインは……、彼の脇腹には、異界喰らいの腕が突き刺さっていた。それは、確実な致命傷だった。口元から一筋の血が流れ落ちる。
「俺の前で他人の心配をするなんてなぁ……。あんた甘いぜ。……だが、感謝するよ。思っていた以上に事が上手く運んだからな」
異界喰らいはグレスデインに突き刺した腕をゆっくりと抜きながら、蔑むように言った。
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