強剛なる刃

 銀色の姉弟は、異界喰らいとその仲間から必死に逃げていた。カルウィルフは折れた左腕を抑えながら、後方から追ってくる異界喰らいの姿を確認する。


「奴が追ってきている!」

「早くここから出ないと……」


 アトリラーシャはこの工場に入った時の道のりを逆に辿りながら、無線機を使って、グレスデインに連絡を送っていた。今、こちらに向かっているグレスデイン達と合流すれば、異界喰らいとの戦いに勝機はあると考えていた。


 痛手を負った弟と二人で、三人の敵を相手にするのは不可能に近い。悔しいが、今は逃げるしかなかった。


 だが、異界喰らいも彼女達を安々と逃がす気は無かった。異界喰らいは凄まじい脚力で姉弟に迫り、強靭な体躯と鋭い爪を武器にして、何度も襲いかかる。

 

 二人の必死の抵抗により、異界喰らいの数度の襲撃を退けることができた。異界喰らいの襲撃と姉弟の迎撃が交互に繰り返されいくうちに、工場に侵入した際に通った扉の前に辿り着く。

 

 その錆びた扉を見て、二人は安堵する。薄暗く構造の分かっていない工場内で戦うよりは、太陽の下に出た方がこちらにも分があるだろうと。ここまで来れば、グレスデイン達との合流も近いだろうと。

 そんな、幾つかの希望的な考えが浮かび始める。しかし、その安易な気の緩みは状況を悪化させるだけだった。


 アトリラーシャが扉の先にある外の景色を見ていると、工場内に水を叩きつけたような破裂音が響いた。その音の直後、アトリラーシャは右脚に違和感を覚える。自身の足元を見ると、いつの間にか、右脚のふくらはぎから血が伝い、地面に流れている。ふくらはぎに開いた血の滴る傷穴を見た途端、違和感は激痛に変わった。


 また先程と同じ破裂音が聞こえた。今度は左脚に激痛が走る。両足に走る痛みに耐えかね、膝をつくアトリラーシャ。


「姉さん、どうした!」

 カルウィルフが姉の側に近寄る。彼にも敵の未知の攻撃の正体を見抜けていないようだった。


 アトリラーシャは、薄汚い笑みを浮かべる異界喰らいの背中越しにある闇を見つめた。三度目の破裂音。闇の中、小さな光が見えた。アトリラーシャは反射的にその光に対して、腰に帯びた小刀を構える。次の瞬間、構えた小刀に何かがぶつかり、金属音と共に閃光が走る。小刀に弾かれた何かは勢いよく足元に落ちた。


 それは、一発の弾丸だった。硝煙の匂いは無い、あの破裂音も弾丸を発射した時の物とは大きく違っていた。だが、敵は何らかの方法で闇の中から正確にアトリラーシャを狙って、この弾丸を撃ち出していた。


 すぐ近くにあるはずの扉は、じわじわと迫る異界喰らいと新手の敵の攻撃によって一気に遠のいた。


 あの破裂音が鳴り響く。アトリラーシャは隣に立つカルウィルフを押し出し、弾丸を回避する。また破裂音。脚に負った傷の影響が思っていたよりも大きく、素早く身体を動かせなかった。


(撃たれる)


 そうアトリラーシャが思った時、一枚の大きな布が姉弟の目の前を覆った。弾丸は布を貫けず、異界喰らい達がいる方向へと跳ね返る。跳ね返った弾丸は闇の中へと突き進み、しばらくすると、苦痛に悶える男の叫び声が聞こえてきた。


「大丈夫か、二人共!」


 姉弟が向かおうとしていた錆びた扉からリシュリオルが現れ、二人を守るように立ちはだかった。彼女の後からグレスデインの姿も現れる。絶望に満ちていた銀色の姉弟の表情が希望に変わった。


「あとは任せておけ」


 グレスデインが腰に帯びた刀を抜きながら、異界喰らいにじりじりと詰め寄っていく。


「伯父さん、気を付けて! そいつは喉に刀を突き刺しても死ななかった! 物凄い速さで再生するんだ!」

「……分かった」


 グレスデインは異界喰らいを見据えながら、カルウィルフの忠告に対して頷いた。直後、異界喰らいの反応速度を凌駕するグレスデインの高速の一太刀が右腕を縦に切り裂く。しかし、その傷も一瞬にして再生を始め、元の形に戻ろうとする。


「この程度では、駄目か」


 そう呟くと、グレスデインは刀の柄を強く握りしめ、二度目の斬撃を異界喰らいに見舞う。今度は切り裂いた右腕を切り落とした。胴体から離れた腕は鮮血と共に闇の向こうへと吹き飛んだ。


「どうやら、部品の距離が遠くなると、素早く再生できないらしいな」


 グレスデインは、異界喰らいの右腕が飛んでいった方を見ながら言った。そして、刀を構え直しながら、異界喰らいに詰め寄っていく。


 体毛に覆われた異界喰らいの顔からは、今までの余裕の笑みは消え去り、焦燥の表情が浮かんでいた。グレスデインが一歩足を進めた瞬間、今まで前進を続けていた異界喰らいが初めて後ろへ退いた。しかし、グレスデインは異界喰らいの後退した先へと既に数本のナイフを投げていた。


 異界喰らいはナイフに足元を切り裂かれ、よろめいた。体勢を崩した異界喰らいを待っていたのは、グレスデインの渾身の一刀だった。彼の太刀筋は異界喰らいの左足首を深く斬りつける。グレスデインの猛攻から逃れる為、落ちかけた足首を再生しながら、更に後退する異界喰らい。


 しかし、グレスデインも止め処なく攻撃を仕掛け続ける。


 異界喰らいの着地と同時に、グレスデインは小指ほどの大きさの極小のナイフを操り、異界喰らいの足首の切創へ侵入させた。その小さな小さなナイフは足首から太腿へ進み、次は膝下へ、と異界喰らいの胴体に向かって進み続けた。

 ナイフの胴体への侵入を恐れてか、異界喰らいは自身の左脚を躊躇無く切り落とした。鮮やかな切断面からは、大量の血液が飛び散った。


「くそッ! 次から次へと面倒事ばかりだ! 他の奴らは何してやがる! このままじゃ、俺が小間切れにされちまうだろ!」

「小間切れだと? 違うな、お前がなるのは挽肉だ」


 グレスデインが力強く刀を振りかぶった時、水を打つような破裂音が鳴り響く。その音が聞こえた直後、アトリラーシャが警告の声を発する。


「伯父さん、気を付けて! 弾丸が来る!」


 彼女の声を聞き、遅れて構えをとるグレスデイン。間に合わない。弾丸の光がグレスデインの胸元へと突き進む。弾丸が直撃する寸前、突如として黒い炎がグレスデインの周囲に巻き起こり、彼に向かう物を焼き払った。


「大丈夫ですか、グレスデインさん」前髪の一部を赤く染めたリシュリオルが声を掛ける。

「ああ、助かった」


 工場の奥へと進む回廊の方から、足音が聞こえてくる。グレスデイン達はその足音の方へと振り向き、薄暗い闇の向こうへと目を凝らした。そこから現れたのは、顔面に無数の蠢く凹凸を持つ男だった。

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