すべて終わったら
リシュリオルとグレスデインはハルフロニアの痕跡を探しながら、かつてこの街で使われていたであろう電波塔に向かっていた。
探索を続けていくうち、霧が晴れ始めていく。そのおかげで視界が良好になり、目的地である電波塔が木々の隙間から見えるようになった。高くそびえる電波塔も草木に侵食されており、赤黒く錆びた骨組みの部分を見ると、今にも倒れてしまいそうな、そんな印象を受けた。
空を裂くようにそびえる塔から、視線を再び森の中へと移す。グレスデインが脚にまとわりつく草木を厄介そうに振り払っていた。リシュリオルはそんな彼の背中を見て、不意に彼のことを尋ねてみたくなった。
「グレスデインさんはいつから今の仕事をしているんですか?」
突然の質問のせいか、グレスデインの身体は一瞬だけ動きを止めた。その直後、リシュリオルの方へ振り向きながら、おもむろに口を開く。
「異界渡りになってから、ずっとだ。私の師匠が似たような仕事をしていたのでね」
「そうだったんですか。じゃあ、アトリとカルは、グレスデインさんの影響で一緒に仕事をしているんですね」
グレスデインはリシュリオルの言葉を聞いて、再びその身体を硬直させた。今度は何かを躊躇っているようなそんな仕草だった。
「……少し違うかもしれないな。あの二人は、両親の敵を討つ為に私の傍にいるだけだ。私の立場があれば、異界喰らいを追いやすくなるからな」
「……そんなことないと思いますよ。二人はグレスデインさんのこと、大切に思っていますよ。私にとっても、あなたやあの姉弟は大切な人です」
グレスデインはリシュリオルから視線を反らし、電波塔の方に顔を向ける。その口元は少しだけ緩んでいたように見えた。
「リシュ、君はそういう台詞を恥ずかしげも無く言えるんだな。……私には少し難しいよ」
リシュリオルはあまり口にしないような言葉を発したことに、今更ながら赤面した。
「あ、いや。……今のはちょっと恥ずかしいかなぁと思いました」
グレスデインは微かな笑い声を漏らした後、探索の中継地点である電波塔へ再び足を進めた。
しばらくして、二人は電波塔の足下へと辿り着いた。近くで見れば見るほど、老朽化が進んでいるのが分かる。壁の塗装は殆どが剥げ落ち、割れた窓ガラスの破片がそこら中に飛び散っていた。
この塔に近づくのは危険だと判断し、塔の周囲の建物に、何かハルフロニアを辿る痕跡がないかを探した。しかし、目当ての物は見つからず、ただ途方に暮れることしかできなかった。
「もうここに留まる意味も無いだろう。戻ろう」
「はい、分かりました……」
リシュリオルは何の成果も得られなかったことに肩を落としながら、グレスデインに返事をする。仕方なく、二人は帽子を見つけた場所まで戻ることにした。
その道中、無言でだらだらと歩き続けることに耐えかねたリシュリオルは、先程尋ねたこととは別の質問をグレスデインに聞いてみることにした。
「グレスデインさん、あなたは異界喰らいを倒せたら、その後はどうするつもりなんですか?」
「……今と何も変わらないだろうな。異界渡りになってから、ずっとこの仕事だけをやってきた。今更、他の事をやる気も無い」
グレスデインは振り向きもせず、答えた。ただひたすらに足を動かしている。リシュリオルはそんな彼を追い詰めるように質問を続けた。
「本当に無いんですか?」
「なに?」
グレスデインが振り返る。今度の質問には、何か引っ掛かるものがあるらしい。目を細め、じっとリシュリオルの顔を見つめていた。
「このままずっと同じことをやり続けるんですか? そんなの飽きません? 一つくらいは、何かやりたいことがあるんじゃないですか?」
立ち止まり、考え込み始めるグレスデイン。彼が次に言葉を発するまでには、しばらくの時間を要した。
「……釣りだ」
「釣り……、魚釣りですか?」
「そうだ。……昔、よく弟と実家の近所にある湖で釣りをしていた」
過去を懐かしむグレスデイン。その口元には寂しげな笑みが表れていた。
「……一段落ついたら、久し振りにやってみてもいいかもしれないな」
「その時は皆でやりましょう」
「ふっ……。そうだな」
リシュリオルは、グレスデインの隠れていた一面を見れたような気がして、彼の背中を見て、ほくそ笑んだ。
二人が緑の帽子を見つけた場所に戻ってきた時、カルウィルフから無線機による連絡が入った。
『伯父さん、工場の入り口の辺りで片足だけのブーツを見つけた。ブーツにも血が付いている』
「分かった。こちらも今からそっちへ向かう。それまで探索を続けてくれ。……くれぐれも慎重にな」
『了解』
リシュリオル達はカルウィルフの連絡を受け、すぐに彼らが探索を行っている廃工場へと向かうことにした。
一方、銀色の姉弟の二人は工場の前で建屋の外観を観察していた。
工場は、今まで見てきた建物と同じように植物に侵され、老朽化が進んでいた。しかし、骨組みがしっかりしているおかげか、倒壊の危険性は低そうだった。
「姉さん、行くよ」
カルウィルフが工場の門前に立つアトリラーシャに呼びかける。
「うん、今行く。ここ、何を作ってた場所なのかな」
「多分、医療器具だね。ほら、その辺りにメスとかピンセットが束になって落ちてる」
カルウィルフが指差した先には、小さなコンテナが積み重なっており、その一つからパッケージされた医療器具がこぼれ出ていた。アトリラーシャは木箱の近くに歩み寄り、こぼれ出たメスの一つを拾い上げ、パッケージを取り外した。
「このメス、まだまだ使えるよ。切れ味抜群だ」
アトリラーシャは地面に落ちた木の葉を手に持ったメスで軽々と切り裂いてみせた。
カルウィルフはそのメスの切れ味を見た後、コンテナに視線を向けた。そして、ある異変に気付く。
「……姉さん。このコンテナ、人為的な力で無理矢理こじ開けられてる。しかも、塗装の剥げた部分は全く錆びてない。このコンテナ、最近開けられたんだ」
カルウィルフの推論を聞いて、アトリラーシャは息を呑んだ。彼の言うことが本当ならば、何者かがこのコンテナに入っているメスを取り出していることになる。
「コンテナを開けたのは、何かメスを使う必要があったって事だよね」
「理由は分からないけど、そういうことだろうね。この工場には誰かがいる可能性がある。伯父さんの言う通り、ここからは慎重に行動しよう」
姉弟は胸の内に不安を抱えながら、工場の内部へ足を踏み入れた。
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