プレゼント

 三人は家を出て、姉弟の両親の墓参りに向かった。途中、花屋を偶然見つけたので、そこで沢山の花を買ったあと、姉弟の両親が埋葬されているという街の共同墓地へ。


 階段状に続くぶどう畑に囲まれた坂を上っていくと、小さな門が置かれているのが目に入る。


 そして、その門の先には視界の開けた平地が広がり、円柱状に加工された無数の石が等間隔に並べられていた。門の近くに数人の人影が見え、石柱の傍らに花を添えている。


「着いたね。二人のお墓はあっちだよ」

 アトリラーシャが左手に伸びる道の先を指差した。彼女の指差す道を三人は進んでいく。


 リシュリオルの前を歩いていたアトリラーシャが急に立ち止まる。


「伯父さん?」


 彼女の視線の先には、石柱の前に立つグレスデインがいた。どうやら彼も墓参りに訪れていたらしい。アトリラーシャがグレスデインの元へ駆け出す。

 彼女の足音で、グレスデインも三人の存在に気付き、いつもの仏頂面をこちらに向けた。


「お前たちも来ていたのか」

「うん。……さっき家の方も見てきたよ。だいぶボロボロになってたけど……」

「そうか……」

「私たちも花を買ってきたんだ。……カル!」


 姉に名前を呼ばれ、カルウィルフは彼の両親の墓の前に向かい、両手に抱えていた花の束を墓石の近くにそっと置いた。二つの墓石の周りには、多すぎると言えるほどに花が添えられた。グレスデインは墓石の周りに敷き詰めるように置かれた花の数々を見て苦笑した。


「どれだけ買ってきたんだ? 多すぎやしないか」

「姉さんが墓参りなんて中々できないだろうから、その分いっぱい買っておいたほうが良いって……」カルウィルフは呆れたように話す。

「でも、父さんも母さんもきっと喜んでくれてるよ」アトリラーシャは墓前にかがみながら言った。

「そうかもしれないな……」グレスデインはそう言って、頬を緩めた。




 墓参りを終えた後、リシュリオル達はグレスデインが既に予約をしておいたというペンションに向かった。


 そのペンションは小ぢんまりとした木造の二階建てで、グレスデインの知人が営んでいるらしい。豪勢な宿では無かったが、落ち着いた雰囲気が砂の街のホテルを想起させ、リシュリオルはこのペンションを気に入った。


 ペンションのオーナーから、部屋の場所を言い渡され、荷物を置きに行く。グレスデインはいつぞやの失敗をしっかりと覚えていてくれたようで、今回は二つの部屋を予約していた。リシュリオルはアトリラーシャと同じ部屋で眠ることになった。


 部屋で荷物を整理していたら、すぐに夕食の時間になった。夕食を知らせる軽快な鐘の音がペンション全体に鳴り響く。廊下から扉を開ける音や床を叩く足音が聞こえてくる。


「行こう、アトリラーシャ」

「うん!」


 アトリラーシャと共に廊下へ。そのまま、受付をする時に案内された食堂へ向かう。階段を降りた先には、グレスデインとカルウィルフが待っていた。


 夕食中は、明日の予定について、皆で話し合った。


「今朝確認したが、この街にはあまり異界に関わるような事件は置きていないそうだ」グレスデインが言う。

「そっかぁ、なら明日は次の扉の鍵を探すって感じだね」

「そうだな」


 明日は、各所を分担しながら鍵探しをすることになり、リシュリオルは街の市場の探索を担当することになった。


 夕食を終え、リシュリオルはふと思い立ち、アトリラーシャに気付かれぬよう、グレスデインとカルウィルフの部屋に向かった。扉をノックすると不思議そうな顔をするカルウィルフが現れる。


「どうしたんだ? リシュ」

「相談したいことがあって」

「とりあえず、部屋の中に」


 カルウィルフの言葉に従い、リシュリオルはそそくさと部屋の中に入る。


「それで? 相談したいことっていうのは?」

「……プレゼントだ」ためらいがちに言うリシュリオル。

「プレゼント?」

「……アトリラーシャに誕生日プレゼントをあげようと思って。彼女が好きなものとか、教えて欲しい」


 カルウィルフはグレスデインとしばらく顔を見合わせた後、笑った。

 

「わ、笑わないでもいいだろっ」

「リシュにもそういう所があるんだなぁと思って」


 カルウィルフが笑いを堪えながら話す。リシュリオルは今更ながら恥ずかしくなり、顔を紅潮させる。


「ごめんごめん。……姉さんが好きなものかぁ。ゲームとかかなぁ? 伯父さん、何かある?」

「アトリは、父親の影響だろうか、珍しい刃物には目がない」

「プレゼントに刃物を送るって……」呆れた顔で伯父を見るカルウィルフ。

「駄目だろうか?」


 カルウィルフは伯父に向かってわざとらしくため息を吐いた後、リシュリオルに向き合った。


「まあ、正直な所、俺にも姉さんに贈るプレゼントって物が思い付かない。明日、鍵を見つけた後にでも探してみようか」

「ありがとう、カル。このことはできればアトリには内緒で。驚かせたいんだ」

「分かったよ。……じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」


 リシュリオルが部屋を出ると、扉の向こうの廊下に、アトリラーシャが立っていた。リシュリオルは突然現れた彼女の姿に驚き、思わず小さな悲鳴を上げてしまう。部屋の中での話、聞かれてはいないだろうか。


「どうしたの? バスルームを出たら、あなたがいなかったから、こっちの部屋にいると思って来てみたんだけど……。伯父さんやカルに用でもあった?」


 アトリラーシャの銀の瞳がリシュリオルの汗ばんだ顔を覗き込んでくる。


「い、いや。ちょっと聞きたいことがあったんだ」

「ふ〜ん」

「明日も早いだろうし、さっさと寝よう」

「そうだね」


 リシュリオルは無理矢理に話題を切り上げ、アトリラーシャの追撃を免れる。そしてそのまま、自分達の部屋に早足で戻った。部屋の扉を開ける直前、アトリラーシャの手が突然、肩に置かれ、リシュリオルの耳元から囁く声が聞こえた。


「後で何をしてたか教えてね」

「……絶対教える」


 リシュリオルは振り返って、大勢の前で決意を表明するように真剣な顔で答えた。こんなに堂々と宣言しなくても、彼女へのプレゼントなのだから、その時になったら嫌でも分かってしまうだろうが。


 リシュリオルの言葉を聞いて、アトリラーシャはいつもより楽しそうに、鼻歌を歌いながらベッドに入った。


 もしかして、プレゼントのことがばれているんじゃないだろうかと、リシュリオルは心配になったが、アトリラーシャの凶悪な寝相による攻撃が始まり、彼女の心配は別の物に変わった。


 リシュリオルは別々のベッドで寝ているにも関わらず、できるだけアトリラーシャから離れる為に、ベッドの端に寄って眠った。そのおかげか、眠りを妨げる心的要因が消え去り、その晩は非常に快適な睡眠を取ることができた。


 明日の事を考えれば、少々快適すぎたかもしれないが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る