また明日
グレスデイン達と合流する予定のホテルの前に辿り着いたリシュリオルとアトリラーシャ。予定していた集合時間より少しだけ早く着いたが、既にグレスデインとカルウィルフが互いの情報を交換していた。
ふと隣を歩くアトリラーシャの顔を見る。彼女はリシュリオルと目が合うと、にっこりと笑った。彼女はきっと何も考えてはいないだろう。
リシュリオルは思う。真面目に犯人についての情報を集めていた二人の所に行って、公園内をのんびりお散歩した後、お腹が空いて近くにあった店で、見たことのない変わった料理を食べていました。……とは言いづらい。
だが、アトリラーシャはリシュリオルの気も知らずに、グレスデイン達の元へと勢い良く走り寄り、公園で食べた料理について、嬉々として話し始めた。リシュリオルはアトリラーシャの口を塞ごうと、彼女を必死で追ったが、時すでに遅かった。
「公園の出店の料理、変わった見た目だけど、凄く美味しかったよ。後でみんなで食べに行かない?」
リシュリオルは顔を強張らせながら、楽しそうに話すアトリラーシャを見ていた。真面目なグレスデインのことだ。きっと厳しく叱責されるだろう。
「そうだな、明日にでも食べに行ってみるか」
意外にも、グレスデインは何もしていない私達のことを怒鳴ったり、軽蔑することはしなかった。それどころか口元を緩めて、アトリラーシャの話に耳を傾けていた。
リシュリオルが昼間に食べた料理について話す二人をぼっーと眺めていると、カルウィルフが話し掛けてきた。
「リシュ、姉さんはいつもあんな感じなんだ。だから、何も気にすることなんてないさ」
「……だと、いいんだけど」
リシュリオルは何処か腑に落ちない様子で首を傾げた。
「最初から張り切りすぎだ、リシュ。今日はお休みってことにして、明日からまた頑張ればいいさ」
「……そういうことにしておく」
リシュリオルは無理矢理自分を納得させて、気持ちを切り替えることにした。
そうだな。また明日から頑張ろう。
その日の夜、グレスデインとカルウィルフが集めてきた情報について、教えてもらった。
住人達の聞き込み、犯罪が行われやすい場所の調査、この世界の自治組織から貰った監視カメラの映像などから、グレスデインは犯人は自然公園の近く、廃ビル群にあるスラムに潜んでいる可能性が高いことを主張した。
また、自治組織から行方不明になっている異界渡りがいるという情報も受け取っていた。確証は無いが、この件もきっと犯人と関係があるのだろう。
リシュリオルを含む他のメンバーも廃ビル群のスラムに犯人が身を隠しているという意見に賛同し、明日の夜に犯人を確保する計画を立てることにした。
計画を立てる上で、問題なのは犯人の持つ兵器の力だった。自治組織からの情報によると、その兵器を起動している間は、夜の森で狩りを行う肉食獣のように感覚が鋭くなり、それと同時に凄まじく向上する身体能力は、大の大人が十人でかかっても止められることが出来ない程のパワーらしい。
元々はこの世界の軍部で開発された代物らしいが、どうやって犯人の手元に渡ってしまったのかは、詳しく教えてくれなかった。犯人も軍部にいた人間らしいが、この世界のことに深く関わる気は無い。今はただ、どうやったらこの『超人』を捕まえられるかを考えよう。
リシュリオルが何か良い作戦がないかと、一生懸命に考えていると、アトリラーシャが不意に立ち上がって、こう言った。
「私の出番だね!」
私の出番? 彼女は何を言っているのだろう。リシュリオルは今までのアトリラーシャの能天気な行動を思い出し、酷い考えだとは思うが、彼女に何ができるのだと、心の中で嘲った。
「……そうだな。何か必要な物があるなら、早めに言ってくれ」
グレスデインはまたしても、リシュリオルにとって意外な発言をした。しかし、彼の真摯な態度は、アトリラーシャを馬鹿にするようなものではなく、むしろ信頼の念に満ちているもののように思えた。
「じゃあ、伯父さん。この街の地図を貸して」
グレスデインは言われるままに、鞄から地図を取り出し、アトリラーシャに手渡した。
アトリラーシャは街の地図をしばらく眺めた後、メモ用紙にペンを走らせ、何かを考え込むようにぶつぶつと呟いていた。そして、唐突にリシュリオル達が囲んでいるテーブルの上に地図を広げた。
「スラムの中はごちゃごちゃしてて、予定外のことが起きる可能性があるから、犯人を捕まえるのにはあまり向かないかも。そこで、スラムの人達には悪いけど、自治組織の人達に大きな声を上げてもらって、犯人を炙り出そう。あとは、殆ど使われていない廃ビルの中とかに犯人を追い詰めていく!」
アトリラーシャは犯人を捕まえる作戦を地図を使って、流暢に説明し始めた。
「明日、犯人捕獲用のビルの下見をしに行こう。できるだけ目立たないように、犯人に気付かれないように。犯人には驚いてもらった方が判断力が鈍って、私の思い通りに動く可能性が上がるからね」
アトリラーシャは不敵な笑みを浮かべ、広げていた地図をまとめ始めた。
リシュリオルは呆然と地図を畳むアトリラーシャを眺めていた。カルウィルフが呆気にとられているリシュリオルの姿を見て、笑いながら話し掛けてきた。
「こういうのは姉さんの得意分野なんだ」
そういうことらしい。彼等は今まで役割を分担して仕事をしてきたのだろう。
「さあさあ、もう寝ましょう! 明日も早いからね」
アトリラーシャはリシュリオルの手を引いて、二つある内の片方のベッドの上に座った。
「え? 二人で寝るのか?」リシュリオルは驚いた顔で他の二人を見る。
「ベッドは二つしかない。私はソファで寝るし、カルも流石に女の子と寝るのは抵抗があるだろう」グレスデインはいつもの厳しい表情で話す。
「なぜ、部屋を分けるとかしなかったんですか?」
「……あー、それは。……この街の自治組織の人間がホテルを手配すると私に言ってきた時、いつもの癖で一部屋しか頼まなかったんだ。……すまない」グレスデインは顔を曇らせ、リシュリオルから目線をそらした。
(忘れられていたのか、私は。いやそんなことはどうでもいいが……)
アトリラーシャは既に眠りに就く態勢に入っており、『こっちこっち』と手のひらを揺らし、リシュリオルに隣に来るように誘った。
リシュリオルは仕方なさそうに息をつき、彼女の隣に向かおうとすると、カルウィルフがいつに無く険しい顔で呟いた。
「リシュ、……気を付けて」
(一体、何を?)
彼の言っていることが理解できず、眉をひそめるリシュリオル。どういう事なのか尋ねようとしたが、カルウィルフはブランケットを被って、眠ってしまった。
「ライトを消すぞ」グレスデインが室内灯のスイッチに触れる。
「お休みなさい」と、アトリラーシャ。
「お休み」
カチッ、という音が鳴ると、部屋の明かりは柔らかい光の間接照明だけになる。
薄暗い部屋の中、隣に寝ているアトリラーシャは小さく囁いた。
「夜にこっそり話すのって、楽しいよね」
リシュリオルがその囁きに反応して、隣のアトリラーシャの方を向くと、彼女もこちらを見つめて、微笑んでいた。薄明かりに映える、艶やかな銀色の少女の姿にリシュリオルは思わず目を背けてしまった。そして、咄嗟に答える。
「……よく分からない」
本当によく分からない。……よく分からないが、この胸の高鳴りは彼女に合ってから初めて感じるものだった。
「そっか……」
再び、アトリラーシャの顔を見ると、彼女は既に静かに寝息を立てていた。
「お休み、アトリラーシャ」
リシュリオルも眠りに就くため、まぶたをゆっくりと閉じた。
リシュリオルが眠りに就いてから、しばらくした後、仰向けになっていた胴体に鈍痛が走った。肺から空気が押し出され、一瞬呼吸が出来なくなる。リシュリオルは衝撃を受けた場所に視線を向ける。
みぞおちに振り下ろされていたのは、アトリラーシャの鉄拳だった。リシュリオルは彼女の手を退けようと、手首の辺りを掴もうとしが、アトリラーシャの身体が急回転し、リシュリオルの身体を両足蹴りで吹き飛ばした。
その凄まじい勢いの蹴りによって、リシュリオルはベッドから突き落とされた。うめき声を上げながら、身体を起こすリシュリオル。
カルウィルフの警告はこのことだったのか。
リシュリオルはアトリラーシャが暴れ回るベッドから、ブランケットと枕を奪い取り、床の上で寝た。ベッドとは比較にならない最悪な寝心地だったが、その床の硬さはアトリラーシャが繰り出した鉄球の様な拳に比べれば、随分と柔らかく感じた。
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