終焉
メイレアーネがいる病室。彼女と楽しそうに話しているラフーリオン。
「……そろそろ行くよ」
「ええ、また来てね」
ラフーリオンはブランケットの下に隠れたメイレアーネの足を見ながら、病室を出ていく。病の進行速度はラフーリオンが思っていたよりも早く、すぐに彼女は両足を動かせなくなった。しかし、彼女はいつもの笑顔を崩すことはなかった。痛みに耐えているであろう彼女が作る笑顔を見ると胸が苦しかった。正直な所、彼女の側にいるのは酷く気まずかった。
ラフーリオンは医師達に彼女の病の治療について何度も尋ねていたが、適当にあしらわれるだけで、具体的な進捗を聞くことはできなかった。ラフーリオンはこの病院での治療は期待せず、自力で治療方法を探すことを決意した。
最初はメイレアーネが入院している病院のある街の中で、彼女が冒されている病に関する情報をただひたすらに集め、治療法に繋がる手掛かりがないかを探し回った。ラフーリオンは治療法の探索とメイレアーネの見舞いを交互に繰り返す日々を過ごした。
ラフーリオンの治療法の探索は、次第に病院のある街から範囲を広げていった。隣の街へ、次はその隣の街へ。それに伴って、メイレアーネと会う機会は減っていった。
必死に治療法を探してはいたが、内心ではどんどん病状を悪化させていく彼女の姿を見ないように、距離を取ろうとしていただけなのかもしれない。
事実、病の進行によって、彼女の姿は痛々しい物へと変わっていった。
病院から遠く離れた街へ治療法を探しに行き、一週間ぶりにメイレアーネの元へ行くと、彼女が動かせるのは顔の表面の筋肉と右手だけになっており、声を出すことができなくなっていた。それでも、彼女は微笑みを浮かべていた。
声が出すことができないので、彼女との意思疎通は筆談で行った。メイレアーネがまだ動かすことができる右手で手帳に文字を書く。
『声が出せなくなってしまったの』
「ごめん、俺が治療法を見つけられないばっかりに」
『あなたががんばっていることは知っているから』
「ごめん……」
筆談による会話の後、ラフーリオンは心の中で何度も何度も謝り続けた。彼はその後も、寝る間を惜しんで治療法の探索を続けた。自分自身のやつれた顔がスクリーンに映る。
(今の俺の顔もこんな風なんだろうな)観客席に座るラフーリオンは乾いた笑みを浮かべた。
映像が切り替わる。
ラフーリオンは更に遠い場所へと治療法を探しに行っていた。
メイレアーネの病の治療の為に『万病を治す万能薬』だとか、『不死をもたらす神獣の肉』だとか、どんなに嘘くさい代物でも試そうとした。一欠片でも希望があれば、それにすがりついた。
心の奥底では、もう彼女を救うことなどできないという考えが湧き起こっていた。だが、彼はその足を止めることはしなかった。
久し振りにメイレアーネのいる病室に戻ってきたラフーリオン。彼女は笑うこともできなくなっていた。ただ病室の天井を虚ろな目で見つめている。右手だけはまだ動かすことができていた。彼女に蔓延る病は意思疎通の手段だけは残してくれたようだ。
死人のようなメイレアーネの姿を見るラフーリオンの胸中には、絶望がどろどろと渦巻いていた。ベッドの側でぐったりと項垂れ、運命を呪う。ふとペンを走らせる音がして、メイレアーネの右手へと視線を移す。
『そばにいてラフーリオン』
手帳にはそう書かれていた。ラフーリオンは『ごめん、ごめん』と何度も謝った。彼女の手に触れたかったが、そんなことをすれば彼女に苦痛を与えるだけだと分かっていたから、ただひたすらに謝った。そして、その日から彼は治療法の探索をやめた。
映像が切り替わる。
メイレアーネの容態は変わることはなかった。
ラフーリオンの心は限界まで荒んでいく。彼女のいる病室で、何もしてやれない自身の無力さを呪った後、酒を飲む日々を続けていた。アルコールが身体に入ると、何もかも忘れることができた。
いつものように、病室に向かうラフーリオン。メイレアーネは眠っているようだった。ふと彼女が筆談で使用している手帳に目が入ったので、ラフーリオンはぱらぱらとその手帳の中身を覗いた。
『いたい』『どうして』『いたい』『たすけて』『いたい』『ラフーリオン』
ラフーリオンは直ぐに手帳を閉じて、元の場所に戻した。手帳に書かれたねじれた文字は彼にとって呪詛の言葉のように感じられた。
映像が切り替わる。
メイレアーネのいる病室。彼女が横たわっているベッドの側に立つラフーリオン。
彼女の右手が必死に動き始める。
『いたい』『いたい』『ころして』
「……そんなこと言わないでくれ」
ラフーリオンが震える声で嘆く。彼女の手は止まらない。
『たすけて』『いたい』『ラフーリオン』『たすけて』『ころして』
「頼むから、お願いだから」
息を切らしながら、カチカチと歯を鳴らすラフーリオン。彼女の手は止まらない。
『ラフーリオン』『ころして』『ころして』
「やめろ、やめてくれ!」
吐き気がした。心臓が破裂しそうだった。彼女の手は止まらない。手帳のインクが彼女の右手を黒く汚していく。
『ころして』『ラフーリオン』『ころして』『ころして』『ころして』
「……」
ラフーリオンはメイレアーネの首を巻くように布を滑らせ、締め付けた。しばらくすると、彼女の右手の動きは止まった。そして、手帳に書かれた最後の文字を見る。
『ありがとう』
ラフーリオンは病室を抜け出し、次の異界の扉へ逃げるように飛び込んだ。
(罪は償わければならない。これから俺の全てを使って、君が愛した異界で贖罪をしていこうと思う。それが終わったら……君の所へ行くよ。……『約束』だ)
映像が切り替わる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます