第五章:氷竜決戦

その街で起こった事

 ここはどこかの世界、どこかの街。恐るべき氷の竜が眠る場所。その竜の咆哮は全てを凍らせ、大地に根を張る異形の翼はこの地から芽吹きを奪い、永遠の冬をもたらす。


 ここはどこかの世界、どこかの街。少女達は復讐の為、今までの旅で培った力を振り絞り、竜と戦う。果たして、その力は竜を滅するに至るのだろうか。




 ノバトゥナとバクルアとの久しい再会を果たしたアリゼル。

 

 ノバトゥナは氷の竜が目覚める予兆があったとアリゼルに話した。


「目覚めの予兆というのは一体……」

「竜を覆っている氷塊に、大きな亀裂があるのを見つけたの」


「亀裂……」

 アリゼルは直ぐにでも、氷塊の様子を確認したかったが、街の近くに仲間を置いてきていることを思い出す。


「ノバトゥナさん、実はこの街に来たのは、私だけではありません。私の宿主とその仲間達が、街の近くにいます。彼等を街に入れてあげて欲しいのですが……」

「いいわ、あなたの頼みですもの。場所を教えてくれたら、私がそこまで行くわ」


「ありがとうございます」アリゼルは仲間が待機している場所を教えた後、その場から飛び立とうとした。だが、そんなアリゼルを止めるようにノバトゥナが質問をしてきた。


「あなたの宿主ということは、あの子が、……リシュリオルがいるのよね?」ノバトゥナはどこか不安そうに尋ねた。

「ええ、いますよ。何かあるのですか?」


「……いえ、何もないわ。……さあ、あなたの仲間の所に行って」

「ええ、はい」

 アリゼルは不思議そうにノバトゥナを見ながら、仲間たちの所へと飛んでいった。


 ラフーリオン達はリシュリオルの炎を囲い、暖を取っていた。ラトーディシャは変わらず、遠くに聳え立つ氷塊を睨んでいた。


 アリゼルが仲間達の側に降り立つと、その風圧で雪が飛び散った。仲間達の視線が一斉にアリゼルへと向く。


「皆さん、街に入る許可を貰ってきました。ちょうど知り合いがいたので、簡単に話をつけることができましたよ」

「知り合い? ……そうか、アリゼルも、ここにいたことがあるんだもんな」ラフーリオンが納得したように頷く。


「そうです。私の前の宿主がお世話になった方ですよ。……さあ、行きましょう。彼女が待っています」

 アリゼルが街へと向かう。一行もそれに着いて行く。


「前の宿主……」ぼそっと呟いた後、リシュリオルは炎を消し、一足遅れて街へと歩みを進めた。




 街の中に入ると、一人の女性がラフーリオン達を迎え入れてくれた。


「私はノバトゥナと言います。……街の外れにある氷塊。皆さんもその目で見たかもしれませんが、あの中に眠る竜へ対抗するための組織のリーダーを務めています」


(……ノバトゥナ、聞き覚えのある名前だ)遅れて街に入ったリシュリオルはラフーリオン達の後ろで、ノバトゥナの顔を見つめていた。


「俺はラフーリオンです。異界渡りをしています。他の奴らも全員異界渡りです」

「ゼールベルです」

「リアノイエと申します」

「……リシュリオル」リシュリオルが名乗った時、ノバトゥナと目が合ってしまい、直ぐに視線を逸らす。


「僕はラトーディシャ。あの氷の中に眠っている竜の弟だ」

「え?」ノバトゥナの視線が途端にリシュリオルからラトーディシャへと向く。


「あー。ノバトゥナさん、彼は無害ですよ。むしろ心強い味方です。……そうだ! ディイノーカがこの街に来てから、直ぐに氷の竜を倒しに行ったことがあったでしょう。彼はその時、ディイノーカが見逃した竜です」

「ディイが見逃した? 彼もあなたも、そんなこと言っていなかったわ」


「黙っていましたからね」アリゼルは悪気もなくきっぱりと答えた。

「今になって、隠し事をしていたことが分かるなんて。……アリゼルには色々聞きたいことがあるから、あとでお話しましょう?」


「ははは、お手柔らかに」


「ディイノーカの知り合いだったのか」ラトーディシャがアリゼルと話すノバトゥナを見据えた。

「やっぱり、先生の言っていた……」リシュリオルも同じように何かを思い出すように呟いている。

 

 ラトーディシャとリシュリオルは、ノバトゥナと聞き慣れない名前の人物との関係について、勝手に納得していたが、ラフーリオン達はさっぱり今の話の流れが掴めないでいた。

 その様子を察したアリゼルが説明する。


「ディイノーカというのは、私の前の宿主のことです。リシュとラトーさんは知っていると思いますが。そして、ノバトゥナさんは先程話した、私達がお世話になった人です」

「はあ、なんだか面倒な状況だな。知ってるやつと知らないやつがぐちゃぐちゃだ」ラフーリオンは面倒臭そうにため息を吐いた。


「おいおい話していきましょう。取り敢えず、こんな吹きさらしの場所では寒いでしょうから、何処か温かい部屋に入りませんか?」アリゼルがノバトゥナへと視線を向ける。

 

「そうね。ちょうど近くに新設した宿泊施設があるから、そこに行きましょう」




 一行は、ノバトゥナの案内で宿泊施設へと向かった。そこは、ホテルというよりは、宿舎のような建物で、シンプルで剛健な構造をしていた。多分、竜との戦いに備えた建築物の一つなのだろう。


 宿舎に入ったラフーリオン達は一度、全員の情報を共有することにした。エントランスの談話室のようなスペースに全員が集合する。


 ノバトゥナが手を挙げて話す。

「今のこの街の状況が分かっているのは私だけだから、取り敢えず私が知っている範囲で、この街で起きたことを最初から話すわ」

 

 一行がノバトゥナの意見に賛成すると、ノバトゥナはこの街のことを語り始めた。


 彼女はこの街にディイノーカという一人の異界渡りが訪れてきた時のことから話し始める。

 精霊が集う街であること、その精霊を称える教会の存在、突如現れた氷の竜。その竜と戦ったディイノーカのこと。


 一行は真摯にその話に耳を傾けた。

 彼女の話は次第に、アリゼルがリシュリオルに教育を施していた時の話に入っていった。


 ノバトゥナは、アリゼルから竜との戦いの話を聞いた後、自身を守る力を直ぐに手に入れる為、精霊憑きになることを決意した。


 ノバトゥナは彼女が唯一知っている教会の息がかかっていない精霊であるバクルアの元へと向かった。

 バクルアは相変わらず、狼達の群れに憑き続けていた。


「バクルアさん、私に力を貸してくれませんか?」

「私は狼達以外に協力する気は無い。悪いが、君の力になることは出来ない」


「お願いします。あの竜と戦った彼の為にも」必死にバクルアにすがるノバトゥナ。

「悪いが……」

 バクルアがノバトゥナの頼みを改めて断ろうとした時、突然、白い狼が高らかに吠えた。白い狼に続き、他の狼達も吠え始める。バクルアは驚いた様子で、吠える狼達の姿を見る。


「ノバトゥナ、君は狼達にやけに好かれているようだ。彼等は君に私の力を貸してやってほしいと言っている」

「それじゃあ……」


「いいだろう。力を貸そう」

「……ありがとう」


 その後、試しにバクルアがノバトゥナに取り憑いた所、彼女にはバクルアの力の適性があることが分かった。バクルアは狼に好かれているせいかも、と呟いていた。バクルアは狼達の群れから離れ、ノバトゥナと共に街で生活することとなった。


 ちょうど、アリゼルがリシュリオルへの教育を始めた頃、ノバトゥナもバクルアから精霊の力の使い方を教わり始めた。




 そして、約一年が経過する。ノバトゥナは『ある計画』を実行する為、教会周辺の地理や監視者の位置などを調査していた。一通りの情報はまとめ上げてあったが、実行の機会は中々訪れなかった。


 ある日の朝、街がやけに騒がしいことに気付く。近所の住人に話を聞いてみると、教会で監視していた重要人物が何処かに消えてしまったらしい。街中に教会の関係者達が忙しなく走り回っていた。


 ノバトゥナは、この時を計画実行の機会とすることにした。教会周辺の警備は手薄になっており、教会内に忍び込むのは容易だった。

 教会にある鍵付きの部屋。彼が戦っている間、私はここにいた。この部屋は誰かを捕まえておくことにしか使われない。ノバトゥナはその部屋に隠れ潜んだ。

 あとは夜を待つだけ。この騒ぎも夜になれば、多少はおとなしくなるだろう。


 窓から外の景色を見ると、辺りはすっかり暗くなっていた。部屋の外へ耳を澄ましていると、廊下を歩く音が聞こえた。途中、足音が一度収まり、扉を開く音が聞こえた。音が聞こえなくなった後も、暫く待機する。


 ノバトゥナは顔を隠すためにフードを深く被り、潜んでいた部屋の窓を静かに開ける。そして、外壁沿いの狭い足場を慎重に進み、二つ隣の部屋へ向かう。そこは教会の三階。足を滑らせたりして、地面に落ちれば、ひとたまりもない。だが、この外壁の周辺は明かりが少なく誰かに見つかる危険性は少ない。


 ノバトゥナは目的の部屋の前まで辿り着くと、バクルアに話しかける。

「バクルア、部屋の様子を見てきて」


 ノバトゥナの影から現れたバクルアは、空中から部屋の様子を見に行った後、彼女の元へと素早く戻ってきた。

「大丈夫だ、今ならやれる」

「分かったわ」


 目的の部屋の窓の前に顔だけを出し、部屋の様子を確認する。窓際に机と椅子が置かれており、窓側から見て正面に部屋の扉がある。あの男は窓に背を向けて、机に置かれた書類に夢中になっている。バクルアの言っていた通り、『今ならやれる』。


 ノバトゥナは窓に取り付けられている簡素な鍵を精霊の力を使って壊す。この教会は歴史ある古い建物だ。ちょっとした衝撃で壊れてしまうようなボロボロの鍵が未だに使われている。そのおかげで、強い力を使わずに簡単に鍵を開けられる。

 

 窓を静かに開ける。冷たい空気が部屋に流れ込む。机に顔を向けていた男が振り返り、背後へと視線を向ける。振り返った男と目が合ったノバトゥナは冷たい笑みを浮かべながら、静かに話しかける。


「こんばんは、ガズリウザさん」

「お、お前は――」

 ガズリウザが何かを言いかけた途端、彼の身体は痙攣し、声を出せなくなった。ノバトゥナが精霊の力を使い、ガズリウザの身体を感電させたのだ。


「静かにしてください」

 身体を痙攣させながらも、ノバトゥナに視線を向けるガズリウザ。


「私が何をしに来たのか、分かっていると思いますが、念の為伝えておきます」

 ノバトゥナが話す姿を見るガズリウザの瞳には恐怖の感情が渦巻いていた。

 

「あなたを殺しに来ました」

 ガズリウザはノバトゥナの口調から並々ならぬ決意の念を感じ取った。


「あなたを殺すことなど簡単にできた。でも、それをしなかったのは私の話を聞いてほしかったから。私の話をじっくりと耳を傾けて聞いてほしかった。そして、これはあなたが今までしてきたことへの報い。私の声を聞きながら、ゆっくりと息絶えて下さい」

 

 ノバトゥナは淡々と話し続ける。


「ディイノーカが私の家に彼が独自に行っていた教会の調査の記録を残していたの。その記録から私は教会のことを更に調べ始めた。そして、教会の現状に不満を持つ人達と出会った。私はその人達からあなたが行ってきた悪事について聞いたわ」


 ガズリウザの口からは泡が吹き出ていた。だが、ノバトゥナは彼の苦しむ姿を気にも留めずに話し続ける。


「あなたが主教になる為に、前主教を殺害していたこと。孤児院から『黒炎の巫女』を引き取ろうとした時、それを拒んだ院長を異端者として処刑していたこと。他にも沢山あるわ。……でも、私が一番許せないのは、ディイノーカのこと!」

 先程まで冷静だったノバトゥナの声色に怒りが満ちる。


「あなたはこうなって当然の人。地獄で悔い改めなさい。……さようなら」

 一瞬、部屋の中を閃光が覆い尽くす。光が収まると、部屋には炭化したガズリウザの姿だけがあり、窓から入り込んでいた冷たい空気の流れも止まっていた。 




 ノバトゥナはガズリウザの暗殺を実行した後、再び反教会の意思を持つ人々と接触した。そして、彼らと共に教会へ対抗する為の組織を立ち上げた。


 ガズリウザの死を皮切りに、教会は加速度的に力を失っていった。教会の存在はすぐに街から消え失せ、ノバトゥナは教会への対抗組織を、いつしか目覚めるであろう竜への対抗組織へと変えた。

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