決意

 夕暮れ時、ラフーリオンは大闘技場の近くにある市場にいた。そこはこの国の物は勿論のこと、近隣諸国の特産品が数多く並ぶ大規模な市場。食料品、工芸品、書籍、武器など、ありとあらゆる物がこの市場に売られている。そんな大量の物品が溢れる場所で、彼は『ある物』を買うために彷徨い歩いていた。


 市場をぶらつき、目的の物が置いて有りそうな店を覗いては、踏ん切りがつかずに次の店を探しに向かうという行為を延々と繰り返していた。


 ラフーリオンは『ある物』を買ったことがないし、買う必要もない。彼の髪は短いし、ものすごくボサボサだからだ。だから、どんな種類があるかも詳しくないし、何を買えばいいかもさっぱり分からない。


 日が沈んでいき、代わりに街中の建物の窓から光が溢れ始める。


 ラフーリオンが市場から少し外れた路地で途方に暮れていると、目の前にある建物の窓際に黒猫が一匹、青い瞳でこちらを見ているのに気がついた。いつからこちらを見ていたのだろうか。


 黒猫はラフーリオンと目が合うと、窓際から下りて部屋の奥に消えてしまった。黒猫の行方を追うために窓を覗く。窓際のテーブルにはペンダントやイヤリングが置かれていた。どうやら装飾品店のようだ。店の扉には『個人の性格から本当に合うアクセサリを見つけ出します』と書かれた木製のボードが取り付けてある。


 ラフーリオンはその謳い文句になんとなく興味を惹かれたので、その店に入ってみることにした。

 店の中には、数々の装飾品が所狭しと置かれていた。ラフーリオンが店内を見回していると、店の奥から若い男があくびをしながら現れた。両腕で青い瞳の黒猫を抱えている。先程目が合った猫だろう。 


 男はラフーリオンの姿に気づくと、アッと驚きの声を上げた。驚いた弾みで抱えていた黒猫を両腕から落とす。男の腕の中から落ちた黒猫は床に音を立てずに滑らかに着地し、再び店の奥へと消えていった。


「いらっしゃい。……すみませんね、お客が来ているとは知らなかったもんで。……何かお探しですか?」軽い口調で話す男。


「髪留めが欲しい。ただどういうのが良いか分からない。それで、扉の所に書いてあった……」扉に書かれていた内容を思い出そうとするラフーリオン。

「『個人の性格から本当に合うアクセサリを見つけ出します』」男がラフーリオンの言葉の続きを付け加えた。

「そう、それだ。で、その本当に合うアクセサリとやらを見つけ出して欲しい」


「なら早速、あんたの事を教えてもらえますか?」

「あー。俺が使う物じゃないんだ。女の子にあげようと思ってる」


「女の子……。彼女?」男はニヤニヤ笑っている。

「違う」溜め息を吐くラフーリオン。


「妹さんか、……もしかして娘さん?」

「違う違う」また、溜め息。


「じゃあ何者なんだ?」さっぱり分からないという仕草をする男。

「……弟子」躊躇いながら答えるラフーリオン。


「弟子? あんたは何か教えてる先生ってことか」

「……先生は止めてくれ」


「まあ、なんでもいいや。そのお弟子さんの性格についてできるだけ詳しく教えてくれ。そこから相性のいい奴を探すから」男がメモ用紙とペンを取り出した。


「うーん。取り敢えず、意地っ張りで負けず嫌い。あとは、最近は多少ましになったが感情的だ。すぐ怒ったり、泣いたり」

「ほうほう。なんだか苦労してそうだね、先生」男はペンを走らせながら喋る。

「だから、先生は止めてくれ」ラフーリオンは不愉快そうに言った。この男と話すと、なんだか疲れる。


「あんたが今言ったことは、全部悪い方向で考えているみたいだけど、逆に考えてみよう。良い方向でだ」男はそう言って、ペン先をラフーリオンに向けた。

「良い方向?」


「ああ。例えば意地っ張りで負けず嫌いっていうのは、揺るぎない信念を持ってるってことなんじゃないか? 他人に流されることのない考え方を持ってるとか」

「なるほど」男の話に耳を傾けるラフーリオン。


「あとな、感情的なのは俺は良いことだと思うぜ。感情は行動を起こすための着火剤だ。思考や想像という燃料を爆発させて、論理やら何やらとそういう面倒な物を吹っ飛ばした先にある新しい世界を切り開く時がある。……偶にだけどな」

「ほうほう」頷きながら、男の話を聞き続ける。


「それでだ。髪留めのことだが、大体だがどんなものにするかは決まった。あんたの方からは何か要望はあるか? 色合いとか材質とか」

「材質は……布が良いな」異界渡りの力があるしな。


「布? ……まあ、考えておく。明日にはできてると思うから、また適当な時間に来てくれ」

「分かった」


 ラフーリオンは一風変わった雰囲気を醸し出すその装飾品店から立ち去った。




 ラトーディシャはジンクリィズの住んでいる豪邸からホテルへ戻るため、運河にかかる橋を渡っていた。そして、初めてこの世界に来た日の夜と同じように白いローブを纏った人影が立っていることに気付いた。


 あの時の夜とは違い、躊躇なく人影に走り寄るラトーディシャ。向こうもこちらの石畳を駆ける靴音に気付いたようで、振り返りこちらを見る。

 やはり、リアノイエだった。初めて会った時と同じ状況。彼女の頬を涙が伝っていること以外は。


「こんばんは、リア。……どうして泣いてるんだい?」心配そうな表情でラトーディシャは彼女の頬の涙を指で拭う。

「世の中には知らない方が良いこともあるということを、知ってしまったの」リアノイエはラトーディシャの姿を見て、少し落ち着いたようだった。


「何があったのか、教えてくれないか?」

「……今日の試合が終わった後、偶然通りがかった国王の部屋の前で、国王と王子がまた口論をしているのを聞いたの。そこで、偶然聞いてしまった。国王が話したの。私のことを」再び涙を流し始めるリアノイエ。


「落ち着いて、ゆっくりでいいんだ。ゆっくり話して」ラトーディシャがリアノイエをなだめる。

「……私は王族では無かったみたい。私の血には王族の血は流れていない」


「それは……」ラトーディシャは言葉を失った。リアノイエは国王の口から漏れた彼女自身の生い立ちを話した。


 この国は近隣諸国と領地を巡り、長い間争っていた。この戦いをこの世界の人々は『大戦』と呼んだ。大戦はこの国の前国王、今の国王の父親が国を率いている時代に起きた。


 この戦いでは多くの人々が犠牲になった。リアノイエもその一人だ。彼女はこの国の外れにある村で産まれた。村は国境に近い場所だったが、周囲を山に囲まれていたため、あまり戦火の影響を受けなかった。


 ある日、敵国の兵士の一人が瀕死の状態でこの村に逃げ込んできた。国を裏切る行為であることは分かっていたが、兵士のズタボロの身体を見て、同情した村人達はこの兵士を一時的に匿うことにした。


 だが、何処かでこのことが漏れた。村人の誰かか、ここに訪れた見回りの兵士かは分からないが、敵国の兵士を匿ったことを国は決して許さなかった。この村に軍隊を送り、裏切り者への制裁として、村を焼き払った。


 村人達は全員処刑された。ただ一人を除いて。リアノイエは前国王に美しい白金の髪を珍しがられ、何も知らない赤子の頃、養子として王族の一員に加えられた。


 このことは今は亡き前国王と現国王しか知らないことだった。王子もこの話を聞いて、何も言えずにたじろいでいた。


「……きっと今回の闘技大会の報酬を私にしたのは、私が王族の血の繋がりの無い都合のいい存在だったから。あの男は王族の血に強い人間の血を加えると言っていたけど、そんなの嘘。ただ自分にとって都合のいい戦争をするための道具が欲しいだけ」リアノイエはまだ涙を流していたが、その声は怒りを帯びていた。


「あの男は私の産まれた村に火を放ったことを嬉々として話していた。あいつのせいで私の村は……両親は……」悲壮と憤怒が入り混じった表情になるリアノイエ。ラトーディシャはそんな彼女を見て、一つの考えを思いつく。

「リア。君の国王への怒りはよく伝わってきた。そこで君にいくつか聞きたいことがある」


「聞きたいこと?」リアノイエが涙を拭きながら、ラトーディシャの顔を不思議そうに見る。

「君は国王の野望を止めたいかい? 焼き払われた村の復讐を果たしたいかい?」

「……ええ」力強く頷くリアノイエの涙は既に止まっていた。


「もう一つ、……君に人を殺すことができるかい?」ラトーディシャはそう言いながら、拳銃を取り出し、手の平に乗せた。

「そ、それは……」ラトーディシャの手の平の上にある銃を凝視するリアノイエ。


「もし、君にその勇気があるなら、明日の決勝で僕が竜の力を使って国王に復讐する舞台を整える」

「……」リアノイエは銃を見ながら、唾を飲み込む。そして、大きく深呼吸をした後、彼女は銃を手に取り、懐にしまった。


「よし。……国王の野望を止めるには奴を殺す前に、次の世代の王を決めることも必要だ。奴のような人間が二度と現れないように」

「それなら、王子が適任だと思う。彼はずっと国王の考えを非難していた。近隣諸国との友好関係を保とうとしているわ」


「なら、復讐の舞台には王子も加えよう。国王に銃を突き付けて、引き金を引く前に宣言させるんだ。王子に王位を継がせると」

「分かったわ」リアノイエの瞳には闘志が満ち溢れていた。


「それじゃ……」ラトーディシャはリアノイエの身体をいきなり抱きかかえようとした。彼女は小さな悲鳴を上げ、ラトーディシャから離れようとする。

「君を部屋に戻してあげないといけないだろ?」離れるリアノイエを抱き寄せるラトーディシャ。


「ご、ごめんなさい。……ありがとう、ラトー」リアノイエの頬は少しだけ赤らんでいた。

「お安い御用さ」ラトーディシャは翼を広げ、夜空へと舞い上がった。そして、リアノイエにおやすみと告げた後、ホテルに戻った。




 ホテルに戻ったラトーディシャはリシュリオルに会いに行った。明日の決勝戦を復讐の舞台へと変える準備をするために。


 部屋にはラフーリオンもいた。二人は気まずそうにお互いの顔色を覗きあっていた。ラトーディシャが部屋に入ると、ラフーリオンは安堵の表情を見せた。


「話したいことがある」ラトーディシャは初めにそう告げた後、淡々と明日の計画を話した。リアノイエのことも話した。意外にもリシュリオルは彼の提案をすんなりと受け入れてくれた。


 ラトーディシャが部屋から出ようとした時、リシュリオルが彼を呼び止めた。


「ラトーは王女様のこと、好きなのか?」リシュリオルは興味深そうに聞いてきた。

「そうかもね」彼は躊躇いなく答える。


「ふーん」何かを考えるように部屋の天井を見つめるリシュリオル。

「もういいかい?」


「ああ。おやすみ」

「おやすみ。明日は頼むよ」


 明日は決勝。リシュリオルとラトーディシャの戦い。そして、国王を討つためのリアノイエの戦い。


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