船を動かそう!

 船内に戻り、艦橋を目指しながら、探索を続ける二人。


 リシュリオルは気まずい空気のせいで、ラフーリオンとは業務的な事しか話すことができなかった。ラフーリオンもほとんど何も言わなかった。


 黙々と探索をしている内に、艦橋に辿り着く。艦橋からの見晴らしは先程居たデッキと比べても素晴らしいものだった。空と海が地平線を挟んでいる様子がよく見えている。海の彼方に島が点在しているのを確認できた。


「あそこにも人は居ないんだろうな」日記の内容も思い返すラフーリオン。


「ここにある機械はまだ生きているみたいだ」リシュリオルが点滅を繰り返す機械を指差す。ラフーリオンはリシュリオルが指差した機械に取付けられた画面をじっと見つめる。

「……これは観測装置だと思う。風速や海流の流れが表示されている」


「この機械は船の制御システムじゃないのか?」

「これは違う。船の全てを管理しているような重要な機械なら視界の開けた艦橋より、もっと装甲の厚い場所にあるかも知れない。もう少し上に行ってみよう」


 ラフーリオンは近くにあった階段に向かって歩き出した。リシュリオルは彼との距離が空いてから、ゆっくりと歩き出した。階段に足をかける一歩手前でラフーリオンが立ち止まり、距離を置くリシュリオルの方へ振り向く。


「リシュ、もう少し普段通りにできないのか?」呆れたように言うラフーリオン。

「……無理だ」リシュリオルはふてくされたように言った。


「砂の街でもそうだったが、お前は感傷的過ぎる」

「お前が冷たいんだ」リシュリオルは反抗的な目でラフーリオンを睨みつける。


「お前は異界渡りになったんだ。もっとドライになれ。少し冷たいぐらいのほうが、異界での生存率は上がる」真顔で話すラフーリオン。

「そういうところだよ!」リシュリオルが叫ぶ。


「まあまあ、喧嘩しないで下さいよ。面倒くさい。さっさと制御システムを探しましょう」アリゼルはやれやれと首を振る。

「お前はもっと酷いんだよ!」リシュリオルがまた叫ぶ。


「調子が出てきたな。さあ行くぞ」ラフーリオンは階段を上り始めた。

「クソ!」悪態をつきながら、リシュリオルもそれに続く。


 艦橋から一段上の階層に着くと、船内で見てきたどの部屋よりも一際頑丈そうな扉を見つけた。ラフーリオンは慎重に扉を開ける。リシュリオルは扉の前でラフーリオンが部屋に入っていくのを見ていた。


 扉の先は窓の無い殺風景な部屋に繋がっていた。そして、大量のコードが繋がれた直方体の機械が部屋の中心に置いてあった。


「ここは一体?」ラフーリオンが直方体の機械に近づく。


「こんにちは」どこからか優しげな男性の声が聞こえた。


「誰だ?」ラフーリオンが辺りを見回す。声の主を探す為にリシュリオルも部屋に入る。

「船の制御システムじゃないか?」リシュリオルが部屋の中心に向かって言う。


「はい。私が当艦の各設備と兵装の管理、制御を行う人工知能搭載システム『HOLLYホリー』です」また、どこからともなく声が聞こえる。リシュリオルは自分の言葉に反応した制御システムに驚く。


「出てこいよ。どっから声を出してる?」リシュリオルは驚いた事を隠すように大きな声を上げる。

「出てこいと言われましても……どうすればいいのか分からないです」

「何を言ってるんだ?」リシュリオルは訳が分からないという様子だった。


「ホリー。俺はラフーリオンと言う。こいつはリシュリオル。……浮いているのはアリゼル・レガ。君はその箱の中に詰まっている機械、なんだろ?」隣りにいたラフーリオンが部屋の中心に置かれた直方体を見つめる。


「厳密には違いますが……そうですね。私はその箱の中に入っています」

「お前、機械なのか……」リシュリオルがまた驚いている。


「彼女はホリーのような先進的な文明の機械の事を知らないんだ。俺もあまり詳しくはないが」

「ははは、そうでしたか。もしかして、あなた方はどこか別の世界から来たのですか? 変わった服装をしていますし」

「そうだ、俺達は異界渡りだ」ラフーリオンが直方体に向かって言う。ホリーは少し間を空けてから声を出す。


「……ジョークのつもりだったのですが。本当なのですか?」

「異界渡りを知らないのか? 自分が産まれた世界とは別の異なる世界を渡り巡る人間の事だ」ラフーリオンは異界や異界渡りのことについて、大まかに説明した。ホリーは彼の話を興味深そうに聞いていた。


「……異界渡りですか。私が待機命令を受けてから、人類はそんな事ができるようになっていたのですね。科学技術の進歩の速さには驚きます」ホリーの言葉にラフーリオンとリシュリオルは黙り込んだ。


「どうしたのですか、お二方。急に黙ってしまって」


「……ホリー、聞いてくれ。この世界にはもう人間はいないと思う。この船の乗員の日記を読んだが、戦争で使われた兵器で殆どの人間は消えた」


「まさか。……いや、私が待機命令を受けてから、この部屋に人が訪れる事は無かった。もうこの船にはおろか、この世界には誰もいなかったのですね」ホリーは暫くの間、沈黙する。


「……ラフーリオンさん、一つお願いがあるのですが」

「なんだ? 出来るだけのことはする」


「私を、この船を、ある場所まで連れていってもらえませんか?」

「ある場所?」

「私が作られた場所、待機命令が出る前にこの船が向かっていた場所です」


「この船が向かっていた場所……日記に書いてあったこの国の本拠地の事か。だが、この船は動くのか? 流石にこんな大きな船を運ぶなんて事は無理だぞ」

「ご心配なく。この船はまだ動きます。待機命令中はエネルギーの消費を抑えていたので、燃料は残っていますから」


「船が動くのなら、俺達は何をすればいいんだ?」

「数カ所の電源系の装置が私の制御命令を受け付けない状態になっている為、船内の設備を動かせないのです。その装置を手動で操作してもらえませんか?」


「分かった。だが、その前に他の仲間と合流して君の話を聞かせたい。少しだけ待ってもらえないか?」

「分かりました。ラフーリオンさん、ありがとうございます。……私は待つのは得意ですから、大丈夫ですよ」ホリーは冗談を言ったつもりだったようだが、その境遇のせいか、ラフーリオンは笑えなかった。


「ラフーリオン、いいのか?」ホリーとの会話を聞いていたリシュリオルが心配そうに聞く。

「ああ。多分、ホリーを故郷に返すことが次の異界への鍵だと思う」ラフーリオンは確信したようにリシュリオルに向かって言った。




 ラフーリオンはリーリエルデから事前に渡されていた通信機を使って、船体側を調査している二人と連絡をとった。


 二人は既に船体の殆どの場所を探索し終え、第一甲板に戻ってきていた為、あまり時間をかけずに艦橋の方まで上ってこれた。全員がホリーのいる部屋に揃った後、ホリーの紹介をし、これからする事について説明を受けた。


「各設備を完全に作動させるには、今の私では制御できない二ヶ所の機械室に行ってもらう必要があります。ただ、二つの機械室はお互いの距離が離れています」


「なら、またさっきと同じように二手に別れよう」ラフーリオンが提案する。

「じゃあ、さっきとは違うメンバーにしましょう!」イルシュエッタが元気よく発言する。


「却下と言いたいところだが……」ラフーリオンはリシュリオルの方を見た。彼女はラフーリオンと目が合った瞬間、視線を反らした。


「まあいいだろう。俺とイル、リーリエルデさんとリシュでペアを組もう」

「わーい!」イルシュエッタは飛び上がって喜んだ。


「よろしくね、リシュ」リシュリオルに優しく話しかけるリーリエルデ。

「ああ。よろしく、リーリエルデ」リシュリオルはそれに軽い笑顔で答えた。


「それでは、機械室の場所について説明します」

 ホリーから機械室の場所と装置の操作方法等をざっくりと教わった後、ホリーと会話を行う為の通信機を艦橋から持ち出して、ラフーリオン達は二手に別れた。

 



 ラフーリオンとイルシュエッタは船首側の機械室に向かっていた。突然、イルシュエッタの後ろを歩いていたラフーリオンが彼女の肩を掴んで動きを止めた。イルシュエッタはラフーリオンにいきなり身体を触れられて、ドキッとする。


「おい、イル。お前、リシュリオルに何か話しただろ?」凄い剣幕でイルシュエッタを睨みつけるラフーリオン。

「な、なんのことでしょう?」イルシュエッタは明後日の方向を見つめて、わざとらしく誤魔化そうとした。


「とぼけるなよ。機械室に着いたら、色々と聞かせてもらうからな。覚悟しておけ」イルシュエッタは少しだけラフーリオンと組んだ事を後悔した。




 リーリエルデとリシュリオルはラフーリオン達とは正反対の船尾の方へ向かって、雑談をしながら甲板を歩いていた。


「リーリエルデ達の仕事って、具体的には何をしているんだ?」

「異界渡りにとって役立つ道具を作ってるんです。昨日言っていた別の異界同士で会話したり、自分の好きな異界に行けるようになる道具とかですね。まあ、どの道具も開発中の物ですが……」


「すごいな。そういえば、この世界では何をしようとしていたんだ?」

「ここには、異界の扉を通ったらたまたま来てしまっただけなんです。ですが、異界渡りが訪れた痕跡が無い場所では、少しでも異界の事を知るために、私達はその異界の調査を行わないといけないんです」


「仕事っていうのも大変なんだな」考えるように目をつむるリシュリオル。

「でも、異界渡りの旅が楽になるのは良いことじゃないですか」


「そうだな、確かに異界渡りには面倒な事が多い。好きでなったわけでもないのに」ため息をつくリシュリオル。

「……私が仕事をしているのは、それだけではないですけど」少し恥ずかしそうに話すリーリエルデ。


「何かあるのか? それ以外に仕事をする理由が」リシュリオルが首を傾げる。

「いえ、何でもありません。さあさあ、機械室に急ぎましょう。ホリーさんを待たせてしまいます」リーリエルデは慌てて、歩くスピードを早めた。


「なんなんだ?」リシュリオルにはリーリエルデが慌てた理由がさっぱり分からなかった。


 ホリーからの通信を頼りにリーリエルデとリシュリオルは船尾の機械室へと辿り着く。機械室にはいくつもの装置が並んでいたが、どの装置も動いている様子はなく静かな空間が広がっていた。


「これから、装置を動かす為に指示を出すので、よく聞いていて下さい」ホリーからの指示を聞きながら、リーリエルデが主に装置の操作を行い、リシュリオルは彼女の補佐をした。


 二人が指示された作業を一通り終えた時、ホリーから通信が入った。


「船尾側の装置の起動準備は整いました。ラフーリオンさん達の方が少々手こずっているようなので、そちらの指示に専念します。その間、何処かで休んでいて下さい。それでは、また後で連絡します」


「大丈夫でしょうか、ラフーリオンさん」心配そうに呟くリーリエルデ。

「……どうだろう」リシュリオルは悪い想像しかできなかった。

「大騒ぎでしょうね」アリゼルが笑って言った。

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